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クインシー・ジョーンズが掘りおこした名曲「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」|【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道6】

第6回ジャズ・スタンダード必聴名曲(3)「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」

文/池上信次
今回は第4回で取り上げた、アート・ペッパーの「一期一会」セッションで演奏されたスタンダード曲、「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」を紹介します。

「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ(原題:You’d Be So Nice To Come Home To)」は、ブロードウェイ・ミュージカルの巨匠ソングライター、コール・ポーター(1891〜1964年)によるもの。ブロードウェイ・ミュージカルでは、多くは作詞・作曲が分業ですが、ポーターはその両方をこなす天才的ソングライターです。ときにアブない言葉を織り交ぜたひねりを効かせた歌詞、転調やリズムの変化を使ったドラマチックな曲想など、ポーターの楽曲の特徴は、とくにジャズ演奏においては、歌手にも楽器演奏者にも魅力的なものでした。というわけで「ナイト・アンド・デイ」「ラヴ・フォー・セール」「ビギン・ザ・ビギン」「エニシング・ゴーズ」など多くのポーターの楽曲がジャズ・スタンダード曲となって現在も演奏され続けています。

さて、「ユード・ビー・ソー〜」ですが、その昔は「帰ってくれたらうれしいわ」という邦題で呼ばれていました。しかしこれは誤訳ということで次第に使われなくなり、現在では「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」という長い原題カタカナで表記されています。これは文法的にはかなりまわりくどい表現ですが(これもポーターらしさでもあるのですが)、「あなたのいる家に帰って行けたらなんと素敵なことだろう」という意味になります。これは1943年の映画『サムシング・トゥ・シャウト・アバウト』の主題歌として書かれたもの。映画はヒットしなかったようですが、曲は、受賞はできなかったもののアカデミー賞主題歌賞にノミネートされ、映画公開同年にジャズ・ヴォーカリストのダイナ・ショアがこの曲のシングル盤をリリースして大ヒットとなりました。当時は第2次世界大戦中で、この歌詞が共感を得たのがヒットの理由のひとつでしょう。

ミュージカル界の大御所、コール・ポーターの楽曲がスタンダードに

ポーターはミュージカル界の大御所で、1950年代前半までには多くの作品がジャズ・スタンダード化しており、ジャズ版の『プレイズ/シングス・コール・ポーター』の類のアルバムはたくさん出ていましたが、当時「ユード・ビー〜」はほとんど取り上げられていません。ヒット・カヴァーはあっても、ポーターの作品群の中では「二軍」のポジションだったと思われます。まあ、これ以上に人気の楽曲がたくさんあったということでもあるのしょうが、少なくとも代表作に上げられる楽曲ではなく、スタンダードとはいえませんでした。しかしそれが、1950年代後半に突如としてジャズ・スタンダード化していくのです。

映画公開、そして最初のカヴァー・ヒットから10年以上が過ぎた1954年の末、ヴォーカリストのヘレン・メリルがデビュー作『ヘレン・メリル』(エマーシー)で取り上げます。リリースは1955年。日本盤タイトルが『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(1)となっているように、これはトランペットの天才、ブラウンがゲスト参加したアルバム。ブラウンはマックス・ローチと新しいグループを組んで活動中の、ジャズ界注目の存在でした。

収録曲は有名スタンダード曲ばかりで、それらに比較すれば「ユード・ビー〜」だけは無名といってもいいくらいの曲だったと思われます。しかし、現在ではこれがこのアルバムのもっとも人気のトラックとなっています。というのはメリルの歌も素晴らしいのですが、ブラウンの凄いアドリブ・ソロがあるからです。これはたとえば速いフレーズや超高音といったようなトランペットの技をひけらかすようなものではなく、歌うようなメロディと構成力で聴かせる「通好み」ともいえるもの。当時は、同業者であるジャズ・ミュージシャンがいちはやくそこに注目したようです。

そう思わせるのは、メリルのリリース同年1955年のキャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)の『ジュリアン・キャノンボール・アダレイ』(エマーシー)に始まり、1956年あたりからこの曲の録音が急激に増えるのですね。隠れていた名曲が、ジャズマンの間で一気に広まったのです。先述したアート・ペッパーの『ミーツ・ザ・リズム・セクション』(2)では、57年1月の時点ですでにメンバー間でスタンダード曲としての共通認識があることを示していますし、そこに参加しているポール・チェンバース(ベース)の同年7月のレコーディング・セッション『ベース・オン・トップ』(ブルーノート)でも「リハーサルなし」でこの曲を録音しています。そして57年からの数年間で、インストではチェット・ベイカー(3)、デイヴ・ブルーベック(ピアノ)、ソニー・スティット(テナー・サックス)、アル・コーン&ズート・シムズ(テナー・サックス)らが演奏を残し、ヴォーカルではフランク・シナトラ、バーバラ・リー、サラ・ヴォーン、アニタ・オデイ、マット・デニス、ジュリー・ロンドン(4)らが取り上げています。この曲の発表と最初のヒットからは10年以上経っていたわけですから、これは隠れていた名曲の「再評価・再認識」とみるべきでしょう。その後は、現在にいたるまでスタンダード曲として膨大な数の録音が残されています。

ブラウンのただ1回の素晴らしいアドリブ・ソロがこの曲を一躍有名にし、それが楽曲の再評価に結びついたのです。なお、このメリル&ブラウンのヴァージョンのアレンジは当時新進のクインシー・ジョーンズ。じつは翌年のキャノンボール・アダレイのアルバムでの同曲のアレンジもクインシーなのです。「掘りおこし」のアイデアはクインシーだったのかはわかりませんが、好調なソロもアレンジあってのことと考えれば、クインシーももうひとりの立役者といえるでしょう。クインシーがいなければ、この名曲もいまだにポーターの「二軍」曲のままだったかもしれませんね。

「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」名演収録アルバムと聴きどころ

(1)ヘレン・メリル『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー)
(1)ヘレン・メリル『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー)

(1)ヘレン・メリル『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』

演奏:ヘレン・メリル(ヴォーカル)、クリフフォード・ブラウン(トランペット)、ダニー・バンク(バリトン・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、バリー・ガルブレイス(ギター)、ミルト・ヒントン(ベース)、オシー・ジョンソン(ドラムス)、クリンシー・ジョーンズ(編曲・指揮)

録音:1954年12月22〜24日

この曲をジャズ・スタンダードにした決定的名演。「ニューヨークのため息」の愛称で知られるメリルのハスキー・ヴォイスの情感豊かな歌唱も魅力的ですが、ブラウンのトランペット・ソロがそれを上回る印象を残してしまう素晴らしさ。音色も歌い回しも構成も完璧といえる、ジャズのアドリブ・ソロの永遠のお手本。

(2)『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』(コンテンポラリー)
『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』(コンテンポラリー)

(2)『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』

演奏:アート・ペッパー(アルト・サックス)、レッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1957年1月19日

主役のペッパーは当日までセッションのことを忘れていたため、この演奏はぶっつけ本番で録音されました。演奏曲はすべては現場で決められたのですが、この曲が選ばれたのは、全員が知っていたから。つまりこの時期すでにジャズ・スタンダードになっていたということですね。結果は、ジャズマンたちの底力を感じる超名演が生まれました。

(3)チェット・ベイカー『チェット』
(3)チェット・ベイカー『チェット』

(3)チェット・ベイカー『チェット』

演奏:チェット・ベイカー(トランペット)、ハービー・マン(フルート)、ペッパー・アダムス(バリトン・サックス)、ビル・エヴァンス(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、コニー・ケイ(ドラムス)
録音:1958年12月30日

アルバムのサブ・タイトルは『バラード・バイ・チェット』。チェットはここでは歌わず、トランペットのスローなバラード演奏を披露します。ブラウンとの比較など考えさせもしない、まるで別の曲のよう。こういったアレンジにできるのもスタンダードとして広く認知された証拠でしょう。ビル・エヴァンスのさりげなくも美しい伴奏にも注目。

(4)ジュリー・ロンドン『ジュリー・アット・ホーム』(リバティ)
(4)ジュリー・ロンドン『ジュリー・アット・ホーム』(リバティ)

(4)ジュリー・ロンドン『ジュリー・アット・ホーム』

演奏:ジュリー・ロンドン(ヴォーカル)、ジミー・ロウルズ(ピアノ)、エミル・リチャーズ(ヴァイブラフォン)、アル・ヴィオラ(ギター)、ドン・バグレイ(ベース)、アール・パーマー(ドラムス)
録音:1960年3月4日

アルバム・タイトルのとおり、ジュリーの自宅で録音されたセッション。音質はスタジオとなんら変わらないのですが、自宅ゆえか寛いだ親しみやすい雰囲気にあふれています。ちょっと力の入ったヘレン・メリルの歌唱とはまるで違うアプローチ。同じ楽曲でも、とりわけヴォーカルは歌詞表現が大きな武器ということがよくわかります。

(5)ジャッキー・テラソン『プッシュ』(コンコード)
(5)ジャッキー・テラソン『プッシュ』

(5)ジャッキー・テラソン『プッシュ』

演奏:ジャッキー・テラソン(ピアノ)、ベン・ウィリアムス(ベース)、ジャマイア・ウィリアムス(ドラムス)
録音:2009年9月

この演奏では、テーマ・メロディは断片しか表れず、コード進行もわずかな痕跡を残すだけで、楽曲は完全に「素材」としての扱いになっています。それでも、ポーターの曲を演奏していると表明しているところがジャズのジャズたる部分なのです。力強い4ビートに乗った、三人三様の自由奔放な展開は、まさにジャズ・ピアノ・トリオの最新型。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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