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作曲者はジャズマンに怒り心頭? 大スタンダード「恋に恋して」の真実【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道25】

文/池上信次

第25回ジャズ・スタンダード必聴名曲(15)「恋に恋して」

ソニー・ロリンズ『ジャズに恋して(フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ジャズ)』

ソニー・ロリンズ『ジャズに恋して(フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ジャズ)』

リチャード・ロジャース(作曲)とロレンツ・ハート(作詞)の名コンビによるミュージカル作品からはたくさんのジャズ・スタンダードが生まれました。その中から今回は「恋に恋して(Falling In Love With Love)」を紹介します。

この曲は1938年初演のブロードウェイ・ミュージカル『シラキュースから来た男たち(The Boys from Syracuse)』のために書かれました。この物語はシェークスピアの『間違いの喜劇(The Comedy of Errors)』を下敷きにした、2組の双子が巻き起こす騒動を描いたコメディ。ちなみにシラキュースは日本ではシラクサとも呼ばれているイタリアのシチリア島の都市名です。このミュージカルは235回公演のヒットとなり、40年には映画化されました。その後63年にはオフ・ブロードウェイで再演され500回のロングランとなりました。さらに2002年にもブロードウェイでリヴァイヴァル公演もされているほどの人気作です。

Fall とLoveの語呂遊びをたっぷり入れた歌詞の内容は、「恋に恋したけれど、結局私は恋とは仲違いしてしまった」という失恋ソング。ジャズではヴォーカル、インストを問わず取り上げられ、たいへんたくさんの録音が残されています。この曲は1950年代半ばからよく演奏されており、当時から当たり前のように4拍子で演奏されてきていますが、じつはオリジナルは3拍子(ワルツ)なのです。ミュージカルの楽譜も、オリジナル・キャストのレコードも、そしてリチャード・ロジャース自身のピアノ演奏のレコードもどれもワルツであるにもかかわらず、ジャズ・ミュージシャンの演奏はおそらく9割以上は4拍子です。この紹介文を書くにあたって100以上の演奏をチェックしましたが、ワルツで演奏しているのは数ヴァージョンだけでした。「4拍子の曲として」スタンダードになっているのですね。現在ジャズの世界では、この曲のオリジナルがワルツであることはほとんど認識されていないと思います。

じつは、作曲者リチャード・ロジャースはこの4拍子アレンジ(=ジャズ化)を快く思ってはいませんでした。50年代の半ばにはこれ以外にも多くのロジャースの作品がジャズ・スタンダードになっていました。当時ロジャース自身もニューヨークで活動するバリバリの現役ですから、ジャズマンたちの演奏を耳にしていないはずがありません。2009年にアメリカで出版された、ロジャースらミュージカル作曲家の評伝集『ア・ファイン・ロマンス』(デヴィッド・レーマン著/日本未訳)には、ロジャースはローズマリー・クルーニーが歌う4拍子アレンジを耳にし、「これはワルツで歌われるべき曲だ」と彼女に厳しく指摘したとあります。また同書によれば、ペギー・リーが歌ったロジャース作曲の「ラヴァー」のアレンジに対しても辛辣に批判したそうです。そこには明示されていませんが「ラヴァー」もオリジナルは3拍子で、ペギーは4拍子にアレンジしています。そして「ラヴァー」もジャズ・スタンダードとしては4拍子が一般的な認識です。

つまりこれは、スタンダード曲は必ずしもオリジナル・ヴァージョンが「発祥」になるのではないということを表わしています。むしろ「オリジナル・ヴァージョンのイメージの希薄化」こそがスタンダード化の要件でもあるという面をよく感じさせてくれるエピソードといえますね。

「恋に恋して」の名演収録アルバムと聴きどころ

(1)『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー)
『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』

『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』

演奏:ヘレン・メリル(ヴォーカル)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ダニー・バンク(バリトン・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、バリー・ガルブレイズ(ギター)、オスカー・ペティフォード(チェロ、ベース)、ボビー・ドナルドソン(ドラムス)、クインシー・ジョーンズ(編曲・指揮)
録音:1954年12月22〜24日

「ニューヨークのため息」と呼ばれるハスキー・ヴォイスがとても印象的なヘレン・メリルですが、それに加えての聴きどころはトランペットのクリフォード・ブラウン。そしてクインシー・ジョーンズのアレンジ。三者の見事なコンビネーションがじつに中身の濃いトラックを作り出しました。「4拍子」アレンジがジャズのスタンダードになったのは、おそらくこの素晴らしい演奏があったからでしょう。

(2)『キャノンボール・アダレイ・ウィズ・ストリングス』(エマーシー)
『キャノンボール・アダレイ・ウィズ・ストリングス』

『キャノンボール・アダレイ・ウィズ・ストリングス』

演奏:キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ビル・ルッソ(編曲)
録音:1955年10月27日

ゆったりとしたテンポで、朗々とテーマを吹くキャノンボール・アダレイ。これならワルツでもよかったのでは?とも思わせますが、すでに4拍子が常識化していたのでしょうか。ここではトレードマークのビバップ・スタイルの饒舌なアドリブは抑えて、歌を歌うかのようにじっくりとソロをとります。これはこの録音の約半年前に亡くなった先達チャーリー・パーカーの名作『ウィズ・ストリングス』へのオマージュでもあります。

(3)『ア・デイト・ウィズ・ジミー・スミス Vol.1』(ブルーノート)
『ア・デイト・ウィズ・ジミー・スミス Vol.1』

『ア・デイト・ウィズ・ジミー・スミス Vol.1』

演奏:ジミー・スミス(オルガン)、ドナルド・バード(トランペット)、ルー・ドナルドソン(アルト・サックス)、ハンク・モブレー(テナー・サックス)、エディ・マクファデン(ギター)、アート・ブレイキー(ドラムス)
録音:1957年2月11日

3日間で22曲のジャム・セッション・レコーディングのなかの1曲。おそらく現場選曲、現場アレンジで「せーの!」で録音したものだけに、失恋ソングであっても歌詞とは関係なくノリノリの演奏が続きます。これが3拍子の曲という認識だったら、そもそもここで取り上げられることはなかったでしょう。なお、同年モブレーは自身のリーダー・アルバムでもこの曲を録音しています。

(4)キース・ジャレット『星影のステラ(スタンダーズ・ライヴ)』(ECM)
キース・ジャレット『星影のステラ(スタンダーズ・ライヴ)』

キース・ジャレット『星影のステラ(スタンダーズ・ライヴ)』

演奏:キース・ジャレット(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
録音:1985年7月2日

1983年に『スタンダーズ Vol.1/2』を録音して以来、ひたすら(ほとんど)スタンダードを演奏し続ける通称「スタンダーズ」によるライヴ・アルバムの中の1曲。もとのメロディがどんどん発展していくかのように、こんこんと泉のように湧き出るソロのメロディは、ジャズ理論とは関係ない根源的な「即興」を感じさせます。なお初めてキース・ジャレットを聴く方にお伝えしておきます。演奏中に「ふぁー」といった声やピアノとずれた歌声が盛大に聴こえますが、これはキースのもうひとつの楽器ですので、ご心配なく。

(5)ソニー・ロリンズ『ジャズに恋して(フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ジャズ)』(マイルストーン)
ソニー・ロリンズ『ジャズに恋して(フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ジャズ)』

ソニー・ロリンズ『ジャズに恋して(フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ジャズ)』

演奏:ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)、クリフトン・アンダーソン(トロンボーン)、マーク・ソスキン(ピアノ)、ジェローム・ハリス(ギター)、ボブ・クランショウ(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
録音:1989年9月9日

「テナー・サックスの巨人」ソニー・ロリンズの、レギュラー・メンバーを中心にしたセッション。ロリンズはマイ・ペースで思う存分吹きまくっています。時代を動かすような画期的、革新的な部分はまったくありません。まず本人が演奏を楽しんでいることが伝わってきます。そこがこの演奏のいいところ。あまりにもベタですが、ロリンズは「ジャズに恋した」気持ちを込めているのですね(失恋ソングであることはここでは忘れることにして)。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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