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「炎上商法」で名を上げた? コール・ポーターのヤバい名曲【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道22】

文/池上信次

第22回ジャズ・スタンダード必聴名曲(12)「ラヴ・フォー・セール」

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

前回、コール・ポーターの出世作「ナイト・アンド・デイ」を紹介しましたが、その「出世」には布石がありました。これは「結果的に」なのですがその理由は当時としては衝撃的なものだったのです。

ポーターは1910年代にブロードウェイにデビューしたものの鳴かず飛ばず。失意の渡仏を経て、ふたたびブロードウェイで活動を始めた1930年にハーバート・フィールズ脚本の『ザ・ニューヨーカー』の楽曲を手がけます。このミュージカルは禁酒法時代が舞台で、詐欺師や泥棒、売春婦などが登場するニューヨークの風刺劇で、多くの曲が使われています。その中で最も注目を集めたのが「ラヴ・フォー・セール(Love For Sale)」でした。「恋は売り物」といった邦題が付けられていますが、要するに売春婦が自身を売り込むような歌詞なのですね。もちろんそこにはさまざまな解釈が可能なのですが、30年12月末の上演直後から新聞では「悪趣味」と酷評されてしまいました。また、「愛を売ってます。若くておいしそうな愛、売ってます」というあまりにストレートな歌詞は、さすがに悪い方に反響が大きかったようで、劇場側はすぐに配役とシチュエーションを低刺激の方向に変更しました。

そして、31年に入ると、リビー・ホルマン・オーケストラとフレッド・ウォーリング・ペンシルヴァニアンズ(オーケストラ)が、相次いでこの曲のレコードを発表しました。しかし、歌詞はオリジナルのまま変わっていなかったためラジオでは放送禁止の措置がとられてしまいました。もちろんそれも報道されたわけですが、するとなんとそれらのレコードはヒット・チャートを上昇、大きなセールスを上げたのでした。公演の人気も同様で、最終的には31年5月までに168回上演され、そこそこのヒットとなりました。結果的に、ポーターは今でいうところの「炎上商法」で大きく注目されることになったのです。

この曲がジャズで取り上げられるようになったのは、40年代の後半あたりから。50年代に入ると盛んに演奏されて、ジャズ・スタンダードとなりました。インストでもヴォーカルと同様に多く取り上げられているのは、楽曲の構造がアドリブ向きだから。ポーターの楽曲は歌でも演奏でも、とてもユニークな素材なのです。

「ラヴ・フォー・セール」の名演収録アルバムと聴きどころ
(1)エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』(ヴァーヴ)
エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、バディ・ブレグマン(オーケストラ編曲・指揮)
録音:1956年

この曲もほかの多くのミュージカルの楽曲同様、ヴァース(前ふり)が付いています。ジャズの演奏では、インストはほぼ全部、ヴォーカルでも多くは省略して本編(コーラス)から始めますが、「歌もの」楽曲ならぜひヴァースも知っておきたいところ。エラはヴァースから丁寧に歌います。「人気のない通りに響く警官の足音。月が微笑み、私は店を開く」といった内容ですが、このエラのような気品は似合いません。じつはポーターの狙いはそのあたりだったのかも。

(2)チェット・ベイカー『ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』(A&M)
チェット・ベイカー『ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』

チェット・ベイカー『ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』

演奏:チェット・ベイカー(トランペット)、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、リッチー・バイラーク(キーボード)、ジョン・スコフィールド(ギター)、ロン・カーター(アコースティック・ベース)、アルフォンソ・ジョンソン(エレクトリック・ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)、ドン・セベスキー(編曲、オーケストラ指揮)
録音:1977年

これはチェットの超異色作。儚げに歌うのではなく、力の入ったトランペット・プレイを聴かせてくれます。共演はフュージョンのスターたち。ファンク・ビートに乗ったブレッカーとスコフィールドのテクニカルなプレイが強烈です。でもなんでコール・ポーターなの?というのが素直な感想でもありますが、どんな形に料理(編曲)してもポーターの楽曲はポーターらしさを失なわないという例なのです。

(3)マーヴィン・ゲイ『ザ・ソウルフル・ムード』(タムラ/モータウン)
マーヴィン・ゲイ『ザ・ソウルフル・ムード』

マーヴィン・ゲイ『ザ・ソウルフル・ムード』

演奏:マーヴィン・ゲイ(ヴォーカル)
録音:1961年

ソウルの大スターのマーヴィン・ゲイです。ゲイはもともとジャズ・ヴォーカリストを目指していて、デビュー・アルバムはジャズ・スタンダード集だったということは案外知られていないかもしれません。しかし、ここにあふれているのは「ソウル」の熱さ。のちの方向修正も当然というところですが、ソウルな味付けであってもチェットのヴァージョン同様、ここには確固としたポーターらしさがあるのですね。

(4)キャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』(ブルーノート)
キャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』

キャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)
録音:1958年3月9日

「枯葉」の演奏がたいへん有名なアルバムですが、その次に収録されているのが「ラヴ・フォー・セール」。「枯葉」の緊張感を和らげるかのようなリラックスした演奏がこれまた素晴らしい。マイルスのミュート・トランペットは感情を揺さぶるヒリヒリとしているものだけではないのです。キャノンボールも饒舌な(おそらく)素顔を見せています。ここでは歌詞をムードに反映させず、曲のよさを全面的にアピールしています。

(5)ジュリー・ロンドン『ホワットエヴァー・ジュリー・ウォンツ』(リバティ)
ジュリー・ロンドン『ホワットエヴァー・ジュリー・ウォンツ』

ジュリー・ロンドン『ホワットエヴァー・ジュリー・ウォンツ』

演奏:ジュリー・ロンドン(ヴォーカル)
録音:1961年

歌詞を字面どおりに受けとめれば、「ラヴ・フォー・セール」がいちばん似合いそうなジャズ・ヴォーカリストはきっとジュリー・ロンドン。ちゃんとこの歌も歌っていました。ジャズ界きってのヴィジュアル系ではありますが、じつはロンドンのジャズ度はかなり高いのです。見た目の印象とは違って?過度に演出することなく、クールにポーターの世界を歌っています。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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