コミック雑誌なんかいらない!

文・絵/牧野良幸

昨年、女優の樹木希林さんが亡くなり、ここで取り上げたばかりなのに、今年3月には夫の内田裕也さんも亡くなられてしまった。相次ぐ訃報に驚くばかりだ。今回はその内田裕也さんの出演映画を取り上げてみたい。

ロック歌手の内田裕也はロックンロールな人生を歩み通した人であったが、映画にも多数出演し、俳優としてもロックンロールな人生であったと思う。

なかでも1986年公開の『コミック雑誌なんかいらない!』は鮮烈だった。この映画で内田裕也は主演のほかに脚本も書いている。

内田裕也が扮するのはテレビの突撃レポーターである。名前はキナメリ。キナメリは今日も有名人のゴシップやスキャンダルを追いかけている。

「恐縮です」

こう言って、キナメリはマイクを突きつける。

「桃井さん、放送作家の方と交際している噂を聞いているのですが、本当ですか?」

成田空港でキナメリがマイクを向けているのは本物の桃井かおりである。この映画では当時本当にあった出来事を取り上げているが、桃井かおりのように、その当事者さえ本人役で出演しているのだから驚く。

桃井かおりだけではない。ワイドショーでひっきりなしに追いかけられていた、“ロス疑惑”の三浦和義も本人役で登場する。

「三浦さん、“ロス疑惑”について本当のところを……」

「あなたがたは、ジャーナリズムじゃなく商業主義でしょ!」

「いや、視聴者を代表して……」

「芸能レーポーターが視聴者の代表だなんて、笑止千万だと思いますよ!」

三浦和義の応答ぶりは流暢であると同時にリアルである。そっくりの俳優さんか、ひょっとしたらガチで取材したのではないかと思うくらい迫真性がある。セリフがつかえ気味の内田裕也のほうが素人くさいほどである。

しかし素人くさい、というのが強力な武器となることを、この映画はまざまざと教えてくれる。

映画は有名人が本人役で出るだけでなく、松田聖子と神田正輝の結婚式など、当時の映像も入れて作られているので、虚構と現実が入り混じった世界になる。そうなると素人くさいほうが逆にリアルになってしまうのだ。

“何をやらかすかわからない”という内田裕也の個性は、映画のあいだじゅう観る者に緊張感を持たせる。こうなると内田裕也と共演する本業の俳優の方が、お芝居をやっていることが透けて見えてしまい安心感を得るのだから皮肉なものである。

映画の話をすすめよう。

突撃レポーターであるキナメリは、芸能人から嫌われていたが、奥さんにも逃げられ、スポンサーにも不評だった。ついに昼のワイドショーをおろされ、夜の番組にまわされてしまう。風俗産業やポルノ映画の撮影現場などの体験レポート番組だ。ポルノ女優との撮影のあと、カメラにむかって「恐縮です」と言うキナメリ。

そんな時にキナメリは、金の先物取引の詐欺事件に興味を持ち、番組で取り上げてくれるよう頼む。しかし深夜番組では社会派の事件など取り上げてくれない。詐欺事件はやがて殺人事件へと発展していく。

これは当時日本中を震撼させた“豊田商事事件”をモデルにしたものである。ビートたけしが殺人犯役で登場。詐欺疑惑で身を隠していた男のマンションに、マスコミが詰めかけている中、堂々と押し入り容疑者を殺してしまうというショッキングなシーンを演じた。当時テレビで流された映像と見紛うくらい迫真性がある。

しかし映画では現実と違う結末を迎える。現実では、現場にいた報道陣が犯行中もただ撮影していただけなのに対して、映画ではキナメリが犯行を止めようとマンション内に飛び込むのだ。『コミック雑誌なんかいらない!』には、マスコミの過剰報道についての問題提議が随所に盛り込まれているが、キナメリが最後にとった行動もそのひとつである。これが映画のクライマックス。

映画を観終わってみれば、虚構と現実、どちらが本当だったのか区別がつかなくなる。スクリーンに映る現実とは、案外頼りないものなのかもしれない。

ただ間違いなく力強く映っているものがあるとすれば、それは80年代中頃の日本の風俗だ。バブルがはじける前の日本の絶頂期。今見ると苦笑してしまうところも多い80年代の風俗であるが、人も社会もパワーがあったことだけは間違いない。

その意味で『コミック雑誌なんかいらない!』は80年代が生み出した風俗映画の名作と言ってもいいかもしれない。しかしそんな賛辞さえも吹き飛ばしてしまうほどに、キナメリこと内田裕也の存在感は大きい。やはり稀有な人であった。あらためて内田裕也さんのご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『コミック雑誌なんかいらない!』
製作年:1986年
製作・配給:ニューセンチュリープロデューサーズ
カラー/124分
キャスト/内田裕也、麻生祐未、渡辺えり子、原田芳雄、小松方正、殿山泰司、
常田富士男、ビートたけし、片岡鶴太郎ほか

スタッフ/脚本:内田裕也、高木功 監督:滝田洋二郎 音楽:大野克夫

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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