文・絵/牧野良幸

俳優の瑳川哲朗さんが2月に亡くなられた。84歳だった。そこで今回は瑳川哲朗さんが出演したテレビドラマ『大江戸捜査網』を取り上げたい。

瑳川哲朗は映画、テレビ、舞台俳優、声優と幅広く活躍した。有名な役柄の一つに1967年(昭和42年)のNHK大河ドラマ『三姉妹』での近藤勇がある。 角ばった顔つきが確かに幕末の写真に残る近藤勇と似ている。射抜くような目つきも新撰組の局長に相応しい。

その射抜くような目つきは7年後、子どもたちを魅了する。1972年(昭和47年)に放送された特撮ドラマ『ウルトラマンA』。地球を防衛する組織TAC(タック)の竜隊長である。志士を狙った新撰組局長の目つきは、隊員を暖かく見守る眼差しとなっている。真っ直ぐな視線には優しさが宿っている。

しかし僕のように1958年(昭和33年)生まれの者には、大河ドラマは大人向けすぎ、『ウルトラマンA』は子ども向けすぎて、どちらも見ることはなかった。そのかわりよく見たのが今回取り上げる『大江戸捜査網』である。1970年(昭和45年)から放送された時代劇だ。

主役は杉良太郎で十文字小弥太役。表向きは町人だが、実は江戸の悪を成敗する影の組織、隠密同心のリーダーである。 瑳川哲朗が演じるのは隠密同心の二番手メンバー、伊坂十蔵だ。

伊坂十蔵は一見すると無口で愛想がなさそうな風貌なのだけれど、実は人なつっこいところがある人物。助演ながらドラマを引きしめる需要な存在だ。伊坂十蔵の瑳川哲朗がいてこそ、杉良太郎も甘いマスクが引き立つ。それは主役が杉良太郎から里見浩太朗、さらに松方弘樹と変わっても、瑳川哲朗が伊坂十蔵を演じ続けたことからも分かる。

一般に硬派な脇役には主役より共感を覚えるもので、特に僕のような男から見ると十文字小弥太より伊坂十蔵の方に惹かれてしまう。剣さばきはもちろんだが、江戸の町を歩いて黙々と聞き込みをする姿に「真面目なサムライだなあ」と感心したりする。強面なわりに笑顔を見せることも多い。その笑顔も俳優、瑳川哲朗の魅力の一つだろう。女性ファンも多かったはずだ。

ここで『大江戸捜査網』の話にうつると、1970年代の初めだとテレビは一家に一台の時代だから、家族団欒の中でチャンネルを合わせていたことだろう。当時は、今の子どものように自分の部屋に籠ってスマートフォンを見るなんてことはない。子どもは親と一緒になってテレビに映るものは何でも見た。「もう寝ろ」と言われるまで何時までも見た。

時代劇もその一つだ。『水戸黄門』もそうだったが「年寄りくさいなあ……」などと思いながら、そのじつ毎週の放送を心ひそかに楽しみにしていたものである。勧善懲悪の世界。悪い武士や商人が庶民を苦しめている。しかし最後に悪人は成敗される。毎回お約束の展開とはいえ、見るとスカッとしたものだ。

『大江戸捜査網』もそんな時代劇だが、他と違うのは、なんといってもオープニングのテーマ曲がカッコいいことだ。時代劇というより西部劇のような音楽で高揚感がある。このテーマ曲が始まったら、そのつもりがなくても番組を最後まで見てしまった、なんてこともあっただろう。

『大江戸捜査網』にはもう一つ話題になったものがあった。クライマックスで隠密同心のメンバーが成敗に向かうところで流れる「心得之條」である。その最後の文句「死して屍拾う者無し」。これ、当時「流行語大賞」があったら間違いなく選ばれていたことだろう。それくらい流行った。

「死して屍拾う者無し」とは、たとえ任務中に命を落としても弔ってもらえない、ということだ。二回繰り返して念を押すところがミソである。なんと非情な任務であろうか。これには寝転がって娯楽番組のつもりで見ていた中学生もつい力が入ってしまう。この「心得之條」があるから、テーマ曲をバックに、悪人をばったばったと成敗する隠密同心たちに喝采を送ってしまうのである。その中に瑳川哲朗の演じる井坂十蔵もいた。悪人を切った後の立ち姿がキマっていた。

瑳川哲朗さんは近藤勇役や竜隊長役で記憶に残っている方もいるだろう。または他の映画やドラマに出演した姿であったり、舞台に立つ姿だったり、声優としての声だったかもしれない。とにかく幅広く活躍された人だ。その瑳川哲朗さんの姿をもう見ることができないのが本当に残念である。あらためてご冥福をお祈りしたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『大江戸捜査網』
1970年10月~ 1984年3月31日 :土 21:00-21:55
東京12チャンネル(現:テレビ東京)放映
出演者: 杉良太郎、瑳川哲朗、中山竹弥、梶芽衣子、岡田可愛、悠木千帆(樹木希林)、白木マリ、野呂圭介、ほか
脚本:山浦弘靖、大工原正泰、ほか
演出: 監督:手銭弘喜、斎藤光正、ほか
音楽: 玉木宏樹、川田靖一 、ほか

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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