文・絵/牧野良幸

毎年8月になるとセミが鳴き、空が青く輝く。

今はこれに猛暑が加わるが、それを別にすれば昔から日本の夏はこうだろう。そして夏になると思い出すのが終戦。僕は1958年(昭和33年)生まれなので戦争体験はない。しかし日本人にはそれを感じる血が流れているのかもしれない。

今回は太平洋戦争の末期、戦火のせまる満州での激動を描いた『人間の條件』を取り上げる。監督は小林正樹。原作は当時ベストセラーになった五味川純平の同名の小説である。

太平洋戦争を描いた日本映画は多いが、『人間の條件』はとりわけ感動的な作品である。そして長い。なにせ全六部で、それぞれが通常の映画なみの長さがあるのだから。

第一部『純愛篇』と第二部『激怒篇』が1959年1月に公開された。続く第三部『望郷篇』と第四部『戦雲篇』が同じ年の11月。そして完結篇として第五部『死の脱出』と第六部『曠野の彷徨』が1961年に公開される。ただそれぞれの二篇は連続した話だから、厳密には三部作と言ってもいいかもしれない。

ともかく総時間9時間30分以上。まさに超大作である。今ならDVDで一気に見ることも可能だ。僕も今回初めて見たが、確かに長い。でもまったく飽きなかった。そして重いテーマなのに引き込まれた。

映画は、日本が統治する満州が舞台だ。

昭和十八年、梶(仲代達矢)は北満州の鉱山に労務管理の任務につく。戦争には疑問を持っていたが、反対して監獄に入る勇気はない。兵役の招集免除と引き換えに引き受けたのだ。梶は殺伐とした山奥に結婚したばかりの妻、美千子(新珠三千代)を伴って赴任した。

鉱山では工人が過酷な作業を強いられていた。中でも中国人捕虜の特殊工人は、電流の流れる鉄条網の中で寝起きさせられ不当な生活を強いられた。

「君はヒューマニスト専用車に乗り遅れまいとしているが、止めやしねえよ」

そう同僚に言われるほど正義感にあふれた梶は、彼らの労働環境を改善しようとする。しかしそれはピンハネなどで利権をむさぼっていた日本人監督者たちと衝突を招いた。工人たちも梶を日本人ということで信用しなかったが、梶が権力や困難な状況に立ち向かっていく姿を見ると、胸がすく思いがする。

しかしこれは青春映画ではない。軍国主義が暗く覆い被さる映画なのだ。梶の行為は憲兵隊の逆鱗にふれることになり、梶は会社を追われた。それだけでなく召集免除の約束もほごにされ、徴兵されてしまったのである。

「もう、どうすることもできない」
「あなたが一体何をしたっていうの!」

と泣き崩れる梶と美千子。ここで第二部が終わる。

しかし激動はこれからだ。第三部と第四部では北満州、ソ連との国境近くが舞台。

関東軍の部隊に配属された梶は、初年兵として厳しい軍隊生活を送っていた。しかしそこでもたくましく生きるのが梶であった。美千子も梶を訪ねて来た。

そんな中、ソ連が参戦した。梶たちはソ連軍の戦車を迎え撃つのだが、部隊はあえなく全滅してしまう。塹壕から出てきた梶は

「俺は生き抜いてやる! 誰か生きている者はいないかー!」

そう叫んで戦禍の地を彷徨うのだった。

完結編となる第五部と第六部は、ソ連軍の追跡を逃れながら南満を目指す梶を描く。敗残兵と日本人残留者を率いる梶。しかしついにソ連軍に投降する時がきた。泣き崩れる部下に、

「泣くな! 終わったわけじゃない……始まったんだ」

そう部下に言った梶だったが、厳寒の地での捕虜生活は過酷だった。ここでも梶の敵がソ連軍将校というより、同胞の日本兵というのが軍隊のやるせなさを印象づける。梶と一緒に逃げてきた最愛の部下は、ごうまんな日本兵の酷い仕打ちによって殺されてしまうのである。

結局、梶はずっと戦争に苦しめられてきた。軍隊に苦しめられてきた。それでも我慢に我慢を重ねてきた。心ならず日本兵やソ連兵に手をかけたことがあったが、それも仲間の命を守るためだった。

しかし、そんな梶の忍耐も最後の最後で爆発する。第六部のラスト。梶は最愛の部下を死に追いやった日本兵を殺し、死を覚悟して収容所を脱走するのだ。飢えと極寒のなか、梶は妻のもとへ帰ることを夢見ながら荒野を歩いていく。

「美千子、ここまで精一杯やってきた俺を許してくれ……」

梶が運命にもて遊ばれて700日あまり、この映画にはたくさんの登場人物がたくさんの名俳優によって登場するが、映画は一人の青年を襲う過酷な運命で、戦争の悲惨さをあらわしているように思える。

最初に登場する梶は、正義感あふれる青年だ。それが関東軍の兵士の姿にかわる。さらに無精髭を生やした敗残兵の姿に。そして自由を奪われた捕虜の姿となる。最後は身分も国籍も剥ぎ取られた名もなき人間となって荒野をさまよう。

怒り、悲しみ、苦悩、絶望、希望。

梶を演じる仲代達矢の形相が見るものを引き込む。その後ろには満州の大きな空がある。今も公開時と同じように、見るものを熱くさせる映画だ。

【今日の面白すぎる日本映画】
『人間の條件』
・1/2部 1959年1月15日
・3/4部 1959年11月20日
・5/6部 1961年1月28日
上映時間:9時間31分
配給:松竹
原作:五味川純平
監督:小林正樹
脚本:松山善三、小林正樹、稲垣公一
出演者:仲代達矢、新珠三千代、淡島千景、有馬稲子、佐田啓二、山村聡、宮口精二、ほか
音楽:木下忠司

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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