文・絵/牧野良幸

グループ・サウンズのザ・タイガースの元メンバーで、俳優やタレントとして活躍していた岸部四郎さんが8月に71歳で亡くなった。ご冥福をお祈りするとともに、今回は岸部四郎さんが出演した映画を取り上げてみようと思う。

取り上げるのは、岸部四郎(当時は岸部シロー)がタイガース時代に出演した映画『ザ・タイガース ハーイ! ロンドン』である。これは岸部四郎がタイガースに加わったばかりの1969年に公開された映画で、岸部四郎の活動の出発点を捉えた映像でもある。

『ザ・タイガース ハーイ! ロンドン』は当時のグループ・サウンズの熱狂的なブームの中で生まれた映画だ。これがタイガースにとって3作目の主演作品だった。映画館では女の子たちがさぞすごい声援を送ったと思われる。

当時僕は小学6年生なので、さすがに映画を見るほどのファンではなかったが、テレビではタイガースの追っかけだったと言っていい。当時はテレビのブラウン管に映るものはなんでも好き。歌番組に出る歌手はみんな好き。そんな小学生だった。言わばテレビの追っかけだったのだから、タイガースの追っかけでもある。

この映画が作られた1969年はタイガースにとって激動の年だった。3月にメンバーのトッポ(加橋かつみ)がグループを脱退したのだ。当時は大ニュースとなった。僕のような子どもでも、これは事件だと思った。当時テンプターズと人気を競っていたタイガースだったが、「花の首飾り」を歌った人気者のトッポが抜けたらちょっと危ういのではないかと。

そのトッポのかわりに加入したのが、シローこと岸部四郎だった。

シローの加入はトッポの脱退と同じくらいインパクトがあった。当時のグループ・サウンズ は、美形の男の子が王子様風の衣装を着て歌うスタイルになっていた。タイガースもそうだったが、そこに突如メガネをかけてポーッとした人があらわれたのだ。しかも関西弁。明らかにGSのキャラクターと違う人間がやってきた。今思うに岸部四郎の風貌は、70年代のフォークブームを予見していたような気がしないでもない。

前置きが長くなった。映画の話を始めよう。

アイドルで人気者のザ・タイガースは忙しい毎日にウンザリしていた。もっと自由な時間がほしい。

そんな時、悪魔(藤田まこと)がジュリー(沢田研二)の前にあらわれる。悪魔は、君に自由になる時間を売ってさしあげよう、と話を持ちかける。担保は君の魂だ。時間内に戻って来たら魂はいらない。時間の買い得だ、と。

ジュリーは悪魔と取引して、多摩川べりで休んだり虫取りをして楽しんだ。時間内に帰ったので魂は取られない。そのあとはタイガースのメンバー全員で悪魔と取引して休暇を楽しんだ。ここで悪魔は5人分の魂をまとめていただこうと、彼らを時間どおりに帰さないように妨害するが、そこにめぐみ(久美かおり)という女性が通りかかり窮地に追い込まれた彼らを助ける。

ヒロインがあらわれ、アイドル映画らしくなったわけであるが、ここまでジュリーの出番が多いのは当然として、他のメンバーもほとんどのシーンでセリフを与えられているなかで、岸部四郎だけは、なんとなくセリフが少ない気がする。メンバーのいる部屋に入ってきて、「暑いなあ、この部屋は」とか、ジュリーが取ってきた甲虫をみんなで見ているときに「あ、動いてるがな」と大阪弁でひとこと言うくらい。

まあ、タイガースに入って間もないし、映画出演にも慣れていないのだから、当然と言えば当然だろう。しかしたとえ一言でも、そして黙っていても、他のメンバーにはない味を出しているところなど、早くもこの映画で岸部四郎の魅力が出ている。

面白いのは、サリーこと兄の岸部一徳(当時は岸部おさみ)とのやりとり。「まだ寝てるのか、お前は。よう寝るやっちゃで」と一徳が言っても、四郎は寝たままというシーン。メンバーが素人風の演技のなかで、岸部一徳だけは肝が据わったセリフを結構放っていて、のちに名俳優となる片鱗を窺わせる。

その一方で、岸部四郎がメインになるシーンといえば、めぐみがタイガースと一緒に暮らしたいと言ったときに、メンバーに断られたあと、めぐみを慰めてあげる。そのシーンくらいである。といっても二人が公園で立っているだけであるが。そこに他のメンバーが顔を出すと、

「おいシロー、なにしてんだ?」

「いや~、別に~」

「シローさんはね、私を置いてあげたいんだけど。一番後輩だから意見が言えないんですって」

めぐみがメンバーに言うこのセリフ、なんだか現実の岸部四郎の立場を代弁しているようで微笑ましい。

しかし、ここまで読んできた読者は「いったいタイガースはいつロンドンに行くのだ?」と思っていることだろう。それは映画を見ている僕も同様だった。

タイガースがロンドンに行くのは映画が半分を折り返してからである。ロンドンで暮らしていた、めぐみの亡き父親が残した楽譜を探しに行くのだ。彼らは悪魔と再び取引してロンドンに旅立った。

ロンドンに着いてからは見どころが満載。バッキンガム宮殿やタワー・ブリッジなどの名所をバックに話は展開する。今や日本人にも珍しくない風景なのに妙にありがたく感じるのは、外国に憧れる当時の日本人の気持ちがフィルムに焼き付いているからだろうか。

そろそろ文字数も尽きてきたようだ。話を進めれば、タイガースのメンバーは悪戦苦闘の末ロンドンで楽譜を見つけ出して日本に帰ってくる。悪魔もその楽譜の曲を聞くやカエルになってしまう。この曲には悪魔をカエルに変える力があったのだ。

かくしてめでたくエンディング。見終わってみればアイドル映画として片付けるには惜しい魅力があった。ジュリーは数々の挿入歌で甘い歌声を聞かせるし、ピー(瞳みのる)やタロー(森本太郎)も当時人気があっただけあってカッコいい。そしてタイガース映画の3本でヒロインをつとめた久美かおるは今見てもカワイイ。

それでも画面から滲み出る存在感なら岸部四郎が一番だ。タイガース解散後の活躍もうなづける。グループ・サウンズからは何人も俳優が誕生したが、岸部四郎のような独特の個性を放った人はいなかった。それだけに今回の訃報は残念だ。あらためてご冥福をお祈りしたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『ザ・タイガース ハーイ! ロンドン』
公開:1969年
製作:東京映画、渡辺プロ
配給:東宝
カラー/85分
出演者: 沢田研二、岸部おさみ(岸部 一徳)、森本太郎、瞳みのる、岸部シロー、久美かおり、藤田まこと 、ほか
脚本:田波靖男、監督: 岩内克己 、音楽: 村井邦彦

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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