文・絵/牧野良幸
宍戸錠さんが今年の1月に亡くなった、享年86歳だった。
宍戸錠さんの死を様々なマスコミが伝えた。ほとんどが日活映画時代の「エースのジョー」という愛称を添えて紹介していたのが印象的だった。
当時は日活アクション映画の黄金時代である。石原裕次郎が「タフガイ」、小林旭が「マイトガイ」、赤木圭一郎が「トニー」という愛称で大々的に売り出していた。他に二谷英明も「ダンプガイ」と呼ばれていた。宍戸錠も「エースのジョー」としてここに加わる。
どのニックネームも今ではのどかな印象を持ってしまうが、当時は相当カッコいいネーミングだったはずだ。子どもながら僕も当時の空気を吸っていた人間だからそれは分かる。
ただ訃報で「エースのジョー」と言われても、ちょっとピンとこなかったのも正直なところだ。僕らの世代には、宍戸錠は映画というよりもテレビの人だったからだろう。あの膨らんだ頬が印象的でドラマやバラエティで本当に宍戸錠に親しんだ。石原裕次郎や小林旭をテレビで見ても近寄りがたいところがあったが、宍戸錠は子どもにも親しみやすかった。
とはいえやはり映画の宍戸錠を語らないわけにはいかない。「エースのジョー」を観てこなかった世代にはなおさらだ。ということで今回は宍戸錠が主演した『拳銃(コルト)は俺のパスポート』を取り上げる。1967年(昭和42年)の作品だ。
宍戸錠と言えば、小林旭の「渡り鳥シリーズ」や赤木圭一郎の「拳銃無頼帖シリーズ」で主人公の敵役として有名である。敵と言っても根っからの悪者ではなく、主人公と対立しつつもお互い認め合う憎めない悪役だ。小林旭や赤木圭一郎が演じる主役は無口で男らしい男という設定だから、どうしても敵役は自信満々でキザで饒舌な男となる。しかし最後はいさぎよく負けを認める好感度の高い役。宍戸錠ならではのキャラクターだ。
しかしこの『拳銃(コルト)は俺のパスポート』では宍戸錠は主演である。それも日本映画では珍しいくらい徹底的なハードボイルドだ。だから宍戸錠はこの映画ではほとんど表情を変えない。ニヒルでセリフも少ない。まるでゴルゴ13のように「……」が多い役どころなのだ。
映画はハードボイルドらしく白黒だ。が、オープニングはハードボイルドというよりも、マカロニ・ウエスタン風である。これから西部劇でも始まるのではないかと思わせるような音楽だが、オープニングのあとにあらわれる風景は現代の東京だ。東京オリンピックの後とあって高速道路がまだ眩しい。
宍戸錠が演じるのは上村という狙撃手である。ある日、上村は大田原組から殺しを頼まれる。標的は大田原組のシマに乗り込んできた神戸の島津組のボスだ。
上村はライフルで見事に島津を狙撃する。すぐに上村は弟分の塩崎(ジェリー藤尾)と羽田空港から高飛びを図るが、島津組の手が回っていて脱出は不可能になった。
二人は太田原組の力を借りて横浜の安ホテル「渚館」に身を隠すことにする。船の手配を待って横浜から海外へ逃亡する計画にしたのだ。「渚館」では美奈(小林千登勢)という美しい女が二人の世話をする。美奈は水上生活者出身なので、はぐれ者同士、二人と通じ合うものを感じたのだった。
それにしても上村は本当に口数が少ない。表情も崩さない。
その上村が映画中、唯一笑顔を見せるシーンがある。上村達が身を隠す部屋に美奈が料理を運んできたシーンだ。ここまで気を張って逃亡をしてきた二人だ。上村は弟分の塩崎にそっと眠り薬を飲ませて休ませてやった。それを知った美奈は上村に、
「薬を使ったのね」
「ああ、どうせやられる時は一緒だ……」
「自分は飲まなくていいの?」
その問いに微笑むだけで上村は答えない。男の友情に美奈は何も言えなくなる。そこにホテルの老女将が現れる。
「出ていっとくれよ。ここは人殺しの来るところじゃないんだから!」
しかし美奈が女将に言い返す。
「おばさんにはそんなこと言えやしないわ! 定期便トラックのガソリンを抜いて売ってることが分かってもいいの?」
女将は黙って引き下がるしかなかった。それを見て上村と美奈は目を合わせて微笑みをかわす。ここまでお互いによそよそしい振りをしていたのに、初めて自分の気持ちを表したシーンだ。美奈が上村に惹かれているのは分かる。そして上村のほうも美奈が気になっている。そんな二人が初めてニッコリと笑い合う。
このシーン、わずか数秒で一瞬だが、宍戸錠の笑顔はまるで子どものように純真だ。瞳もキラキラと輝いている。もっとも宍戸錠はすぐにニヒルな「エースのジョー」に戻る。そして映画はひたすらハードボイルドの道を進むのである。
太田原組と島津組が手を打ってしまったのだ。こうなると邪魔者は上村ということになる。上村の方も黙っていない。
「俺は逃げも隠れもしねえと言ったはずだぜ。人気のない所で俺をやりたければ、明日午前7時に埋立地に来い……」
こうして上村と太田原、島津組の最後の戦いが始まった。荒野を思わせる埋め立て地で始まろうとする決闘。この場面はやはり西部劇風であるが、スピード感のある銃撃戦はハードボイルドそのもの。
明るく親しみやすい宍戸錠もいいが、ニヒルでハードボイルドな宍戸錠もいい。やっぱり「エースのジョー」はここにいた。ご本人は亡くなっても「エースのジョー」は今後も映画史に残るだろう。あらためて宍戸錠さんのご冥福をお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『拳銃(コルト)は俺のパスポート』
製作年:1967年
配給:日活
白黒/84分
キャスト/宍戸錠、ジェリー藤尾、小林千登勢、内田朝雄、ほか
スタッフ/原作:藤原審爾「逃亡者」 監督:野村孝 脚本:山田信夫、永原秀一 音楽:伊部晴美
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp