文・絵/牧野良幸

フランスを代表する俳優ジャン=ポール・ベルモンドさんが9月6日に亡くなられた。88歳だった。

そこで今回は特別編としてジャン=ポール・ベルモンドさんの出演映画を取り上げたい。ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』である。

ジャン=ポール・ベルモンドは僕が子どもの頃から有名な俳優だった。同じフランスの俳優アラン・ドロンと人気を分け合ったものである。日本ではアラン・ドロンの方が人気で、日常会話で「アラン・ドロンみたい」と言えば“二枚目”という意味で通じたほどである(“二枚目”はもう死語だから、若い人には“イケメン”と言ったほうがわかりやすいだろう)。

ではジャン=ポール・ベルモンドはアラン・ドロンより人気がなかったかといえばそんなことはない。ジャン=ポール・ベルモンドの方が好きと公言する女の子もいた。

では僕はどうだったのかというと、アラン・ドロン派でもなければジャン=ポール・ベルモンド派でもなかった。やはり女の子ほど興味がなかったというのが本音だが、その裏にはフランスの俳優に好き嫌いなんて恐れ多くて、という西洋コンプレックスがあったかもしれない。それが昭和30年代生まれの男子ではあるまいか。

そんな僕も多感な青春時代にはいると、ジャン=ポール・ベルモンドもアラン・ドロンも容姿だけではない素晴らしい俳優だと気づく。特にヌーヴェルヴァーグに興味を持つとジャン=ポール・ベルモンドは避けては通れない俳優だ。

『勝手にしやがれ』は1960年に公開されたゴダールの作品。ヌーヴェルヴァーグの代表作と言われる。この映画でゴダールはヌーヴェルヴァーグの旗手となり、ジャン=ポール・ベルモンドも一躍有名になったという。

ジャン=ポール・ベルモンドが演じるのは無軌道な若者ミシェル。ミシェルは車を盗んで気持ちよく走っていた。しかしスピードの出し過ぎで警察に追われる羽目に。ミシェルはたまたま車の中にあったピストルで追ってきた警官を殺してしまうのである。

ミシェルはパリに着くと元恋人のパトリシアのもとに身を寄せる。パトリシアはアメリカ人で、パリで記者の仕事につくことを目指していた。パトリシアを演じるのは自身もアメリカの俳優ジーン・セバーグである。

セバーグの短い髪がとてもかわいい。まさにパリという感じだ。映画の公開時、女の子たちがジャン=ポール・ベルモンドに惹かれたのなら、男はセバーグのセシルカットにキュンときたのではないか。僕も遅まきながらキュンときた。そういえばYouTubeでシルヴィ・ヴァルタンのデビュー時の動画を見てキュンときたばかりだ。この時代のパリは本当にファッショナブルである。

ミシェルとパトリシアはパリの街を車で走る。助手席のパトリシアの態度はつれない。

「どうして悲しそうなの、私が冷たいから?」

「君なしではいられないんだ」

ゴダールはクールに二人を描きながら、斬新な映画手法を次々と放り込んでくる。俳優が観客に向かって話しかけたり、断続的なカットをわざとつなげたりとか。

そう考えると俳優もゴダールの手駒のひとつなのかもしれない。しかしこの映画のベルモンドは魅力的である。この映画だけではない。『女は女である』『気狂いピエロ』といった他のゴダール作品でもジャン=ポール・ベルモンドには独特の虚無感がある。

映画の話を進めよう。ミシェルはパリで金を手にしたら、パトリシアとイタリアに逃げつもりである。しかしパトリシアは束縛が嫌いだった。警察にも目をつけられていた。パトリシアはついに警察に自分たちの居場所を密告する。ミシェルにもそれは告げた。

「もうあなたを愛したくないの、逃げた方がいいわ」

金を用意した仲間が来て、ミシェルを車に乗せようとする。しかしミシェルは逃げない。ここでもゴダールの手法は冴える。ミシェルはカメラに顔を向けると、

「もうたくさんだ、疲れた」

ついにミシェルは警察に追い詰められ撃たれてしまう。ミシェルはよろよろと歩き、パリの路上に倒れる。走り寄ったパトリシアに向かって

「最低だ」

そしてパトリシアのクローズ・アップでFIN。ここまでの映像もまさにヌーヴェルバーグだ。

ゴダール映画で名を馳せたジャン=ポール・ベルモンドだが、フランソワ・トリュフォーの作品にも出演してヌーヴェルバーグに欠かせない俳優となった。

しかしベルモンドの活躍はヌーヴェルバーグだけではない。同時期にフィリップ・ド・ブロカ監督の『リオの男』(1964年)のような娯楽アクション映画にも出演している。スタントなしの演技は今見てもびっくりすることだろう。その後もアラン・ドロンと共演したり、アクションからコメディまでさまざまな映画に出演した。まさに全方位の映画に出演した俳優だった。

ジャン=ポール・ベルモンドの訃報に際して、フランスのマクロン大統領は「彼は国の宝だった」と追悼したが、フランスだけでなく世界の映画ファンにとっても宝だった。その姿は永遠にスクリーンに残ることだろう。

【今日の面白すぎる日本映画】
『勝手にしやがれ』
1960年
上映時間:90分
製作国:フランス
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
原案:フランソワ・トリュフォー
出演者:ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ、ダニエル・ブーランジェ、ほか
音楽:マルシャル・ソラル

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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