文・絵/牧野良幸

渋沢栄一の生涯を描いたNHK大河ドラマ『青天を衝け』もいよいよ最終コーナーに入った。これから目が離せない方も多いだろう。

渋沢栄一は「近代日本資本主義の父」と呼ばれるほど数々の事業を行ってきた。その渋沢栄一が「霊的な東京改造計画」をおこなっていたことをご存じだろうか。

そんな話は大河ドラマには出てこないって?

そのとおり。だってそれは架空の話なのだから。実際に渋沢栄一がそんなことをしたわけではない(と思う)。これは映画『帝都物語』に登場する渋沢栄一の話なのである。

ということで今回取り上げる映画は1988年に公開された『帝都物語』である。

原作は荒俣宏の同名の小説だ。博物学や神秘世界に博識な荒俣宏らしい幻想的なストーリーで、小説はベストセラーとなった。それを映画化したのが『帝都物語』である。当時は映画も大変話題になったことを記憶している。

物語はこうだ。

明治45年、渋沢栄一は極秘裏に東京改造計画を進めていた。帝都・東京を東亜一の商業都市にしようと考えたのである。しかし問題が起こる。それを陰陽師が渋沢栄一に告げるところから映画は始まる。

「渋沢翁、東京にははるか昔に処刑された平将門の怨霊が眠っております。この帝都は将門の怨念が封印されている巨大な霊場でもあるのです」

「それで、私にどうしろと」

「将門の霊を千年の眠りから目覚めさせ、帝都を破壊せんとする者がおります。もし霊がよみがえれば帝都は壊滅的打撃を受けることになりましょう。それを防ぐために“霊的な東京改造計画”にしなければなりません」

「霊的な改造……」

そうつぶやく渋沢栄一を演じるのは勝新太郎。

自由奔放な言動で話題を振りまいた名優だ。優等生的なNHK大河ドラマではちょっと考えられない配役だが、この映画なら勝新太郎の渋沢栄一もアリである。なにせ帝都・東京の破壊をもくろむ者が、渋沢栄一に負けず劣らず強烈な個性の持ち主なのだから。

その人物こそ加藤保憲。

名前だけ読むと普通の人間みたいだが魔性の人物である。軍服を着た姿を見てもらえば納得してもらえるだろう。いかにも不気味だ。演じるのは嶋田久作。この人も個性的な俳優だ。嶋田が演じた加藤保憲は『帝都物語』のアイコンでもある。

邪悪な加藤は平将門の霊をよみがえらせるために、将門の血を引く辰宮由佳理を誘拐する。彼女の体を使って将門の霊を呼び出すためだ。

この由佳理の兄が大蔵省の官吏、辰宮陽一郎(石田純一)。陽一郎には恵子(原田美代子)という妻がいた。この二人も重要人物だ。恵子は巫女でもあり、最後に加藤と対決をすることになる。

この人たちは架空の人物であるが、実在の人物もたくさん登場する。

物理学者の寺田寅彦は大地震に耐えうる地下都市を建設するべきだと渋沢に進言する。確かにありそうな設定である。他にも泉鏡花、森鴎外らも顔を出すので明治・大正の文学に興味がある方も楽しめるだろう。

物語には実際に起きた出来事も出てくる。それが大正12(1923)年9月1日に起きた関東大震災だ。渋沢栄一が東京改造計画を進めている最中、関東大震災が起きて東京は大打撃を受ける。

関東大震災は邪悪な加藤が将門の霊を目覚めさせようとしたため、将門の怒りにより起こったのだった。加藤の思惑ははずれ将門の霊は眠りを続けたが、まさに帝都・東京の危機であった。

歳月はさらに流れ、帝都破壊の魔王、加藤が再び将門の霊を目覚めさせようとしている。将門の首塚からは不気味なうめき声が。

「うおおおお……」

恵子は夫の陽一郎に別れを告げると、将門の霊を守る巫女として加藤に立ち向かう。

このあたりから、登場人物の間のびっくりする事実も明かされていく。恵子は魔神の加藤に魅かれているし、その加藤は辰宮由佳理に雪子という子ども産ませたと思っている(実は雪子は辰宮兄妹の間にできた子ども)。

いかにも荒俣宏の原作らしい神秘的な関係だが、映画を見る者はそんな事実も飲み込んで、エンターテイメントに徹した画面に引き込まれていく。

いよいよクライマックスである。実は大蔵官僚の辰宮陽一郎にも強い霊力があった。将門の霊は辰宮兄妹により鎮まるのである。霊が鎮まると邪悪な加藤も倒れてしまう。

かくして渋沢栄一の帝都改造計画は進んだ。

昭和2年。目の前に広がる帝都は当初予想したよりも華やかだ。地下鉄の開業にわく東京を眼下に渋沢栄一が言う。

「都市の発展はとどまることを知らない。破壊と成長がとめどもなく繰り返され、人々の生き血を吸っていく。それでも人は集まる。誰の手にも止められやせんよ」

いかにも渋沢栄一が言いそうな言葉ではないか。渋沢栄一の行った偉業のなかに「霊的な東京改造計画」を加えてもいいかも。『帝都物語』を見終わった時、ふとそう思ってしまった。

【今日の面白すぎる日本映画】
『帝都物語』
1988年
上映時間:135分
配給:東宝
監督:実相寺昭雄
脚本:林海象
原作:荒俣宏『帝都物語』
出演者:勝新太郎、嶋田久作、原田美枝子、石田純一、坂東玉三郎、宍戸錠、西村晃、平幹二朗、ほか
音楽:石井眞木

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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