文・絵/牧野良幸

NHK大河ドラマ『青天を衝け』が終了し、2022年1月から新たに『鎌倉殿の13人』が始まった。今回の主人公は北条義時。源頼朝の側近として鎌倉幕府の誕生に貢献した人物だ。今年は鎌倉時代がブームになるかもしれない。

ということで今年最初の「面白すぎる日本映画」も鎌倉時代にまつわる映画を選んだ。黒澤明監督の『虎の尾を踏む男達』である。ちょうど今年は寅年だし、2022年のスタートとして読んでいただけたら嬉しい。

『虎の尾を踏む男達』は頼朝の手から逃亡する義経が、安宅(あたか)の関所を無事に通過するという話。能の「安宅」や歌舞伎の「勧進帳」をもとに制作された映画だ。

制作は太平洋戦争末期の1945年。しかしGHQの占領政策のため映画は公開されなかった。公開は7年後の1952年となる。オープニング画面に“1945年9月製作”と入っているのはそのためかもしれない。ちなみに1952年の黒澤明は『生きる』を発表している。日本の戦後復興が本格化し始めたころ『虎の尾を踏む男達』も公開されたのである。

恥ずかしながら僕はこの映画を見るまで「勧進帳」のことは知らなかった。鎌倉時代について知っていたのは、小学生の時に覚えた“いい国作ろう鎌倉幕府”といった年号の暗記だとか、牛若丸と弁慶の対決の話くらいだ。情けない。しかし「勧進帳」は歌舞伎の十八番だけあって、とても面白い話だと知ったのだった。

映画の話に入ろう。主演は弁慶役に大スター大河内傳次郎。そして強力(ごうりき)役(強力とは山道で荷物を運ぶ人のことをいう)に喜劇王の榎本健一(エノケン)。

エノケンの強力を登場させたことが黒澤明の独創的なところだろう。映画はエノケンを狂言回しにして進む。エノケンは大袈裟な表情、ドタバタな動きで当時の喜劇のスタイルを伝えるわけだが、骨太の黒澤映画だけに存在感を放つ。助監督時代からエノケンを熟知していた黒澤明ならではの演出だ。

七人の山伏が安宅の険しい山道を黙々と登っていた。いちばん後ろに村で雇った強力もいる。

「へっ、へっ、へっ」

おしゃべりが大好きな強力はこう山伏達に話しかける。しかし誰も相手にしない。それでも強力はお構いなしに話しかける。冒頭からエノケンの個性が全開である。

やがて強力は山伏達が義経とその家臣であることに気づく。この強力にさえ見破られた。これでは関所でも簡単に見破られてしまうことだろう。そこで弁慶らは一計を案じる。義経に荷を担がせ強力に変装させるのだ。エノケンの強力はそこで追い払われてしまうのだが、またも、

「へっ、へっ、へっ」

とあらわれる。が、再びあらわれた強力は男気があった。

「面白くもねえ。将軍様は実の弟を獣のように駆り立てて、かわいそうなのは義経様だ」

義経様の強力姿はあぶなっかしいと、自分も同行すると申し出たのだった。

ここからは「勧進帳」の見どころが描かれる。

関所の役人、冨樫(藤田進)は弁慶に、本当に山伏なら「勧進帳」を読めと言う。弁慶は何も書かれていない巻物を取り出して勧進帳を読むふりをする。バレないかとオロオロするエノケンだが、息詰まるカットに観客もハラハラすることだろう。

このあと“山伏問答”の場面を経て、無事に関所を通過できるかと思いきや、今度は強力が判官殿(義経のこと)に似ていると疑われる。万事休す。そこで弁慶は強力を突き倒すと、ののしるのである。

「おまえがひょろつき歩くから、判官殿に間違えられる。旅もはかどらん。もはや堪忍ならん!」

そう言い弁慶は皆の前で、強力を杖でたたくのであった。

大河内傳次郎のセリフ回しは歌舞伎調で、そのニュアンスを文章で伝えるのは難しいが、主君をたたかねばならぬ弁慶の悲痛な心情は感じてもらえるだろう。エノケンは我慢できず弁慶に抱きついて止めようとする。

「そんなの、ねえよぉ……」

この強力が義経なら家臣が打てるわけはない、という弁慶の策略。関守の冨樫はその心意気に打たれ、山伏達の通過を許可したのだった。

無事に関所を通過した後、弁慶は涙ながらに手をつき、主君に陳謝する。

「もったいなや、計略とは申しながら……」

義経は笠を取ると初めて顔を見せ、優しく弁慶の手を取る。

「弁慶、われを打ったのはこの手とは思わぬ。ありがたく思うぞ」

弁慶と義経の信頼関係。そして冨樫も含めて人情味のある場面にジーンとくる。

やがて冨樫からの使いが来て、酒が山伏達にふるまわれる。弁慶は酒を大いに飲み、強力も踊った。酔いつぶれた強力が目を覚ますと、山伏達の姿はなかった。山あいに一人残されたエノケンの姿が哀愁をさそう。

しかし最後はやはりエノケンで締めくくられる。歌舞伎の「勧進帳」では弁慶が飛び六法をして退場するが、映画ではエノケンが飛び六法をしながらスクリーンの端に消えていくのだった。

『虎の尾を踏む男達』は戦時末期、それも終戦直後の完成のため検閲や規制も多く、1時間弱の短い作品だが、すこぶる面白い映画だ。今回は触れなかったが、志村喬や森雅之ら黒澤映画にかかせない俳優も出演していて、そこも深掘りすると面白いだろう。今年は映画の公開から70年にあたる。ぜひご覧いただきたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『虎の尾を踏む男達』
1952年
モノクロ
上映時間:59分
配給:東宝
監督・脚本:黒澤明
出演者:大河内傳次郎、榎本健一、藤田進、ほか
音楽:服部正

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

『少年マッキー 僕の昭和少年記1958-1970』

Amazonで商品詳細を見る

楽天市場で商品詳細を見る

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
12月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

「特製サライのおせち三段重」予約開始!

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店