文・絵/牧野良幸
がんの宣告を受けたあとも最後まで映画を撮り続けた大林宣彦監督が4月10日に亡くなった。享年82歳。ご冥福をお祈りすると共に、今回は大林宣彦監督の代表作『時をかける少女』を取り上げたい。
『時をかける少女』は1983年に公開。大林宣彦監督にとっては『転校生』(1982年)に続く「尾道三部作」の2作目。その『転校生』を観た角川春樹が、秘蔵っ子の原田知世の初主演映画を尾道で撮って欲しいと依頼したことから生まれたらしい。
映画は大ヒットし当時15歳の原田知世は一躍アイドルとなった。この映画の原田知世は本当にみずみずしい。誰にもこの時の原田知世の代わりはできないと思う。大林監督は何度も彼女の顔を大写しにするが、その瞬間だけは映画のことを忘れて見とれてしまうほどだ。大林監督にとっても原田知世は特別な少女であったのだろう。
その原田知世が演じるのは、高校生の芳山和子である。
桜の咲く新学期の土曜日。和子は放課後の実験室で謎の白い煙を嗅いで倒れてしまう。和子はクラスメイトの一夫(高柳良一)と吾郎(尾美としのり)に助けられると保健室で目を醒した。
ここから和子は不思議な体験をすることになる。いささかややこしいがこういう体験だ。
元気を取り戻した和子は、月曜日にいつもどおり学校に行き授業を受ける。その夜には地震があり、吾郎の家の近くで火事騒ぎが起きる。心配して出かけた和子。しかし帰りの夜道で誰かが自分を襲ってきた……しかしそれは夢だった。
気を取り直して登校する和子。すると前を歩く吾郎の頭上に瓦が。危ない!……またベッドから目覚める和子。これもまた夢だったのだ。
その日、本当に学校に行ってみると教室では夢と同じことが起きた。夜には地震と火事騒ぎが起き、翌朝にはやはり吾郎の頭上に瓦が落ちてきた。夢で見た光景が現実に繰り返されたのだ。和子は自分がどうかしてしまったと悩む。
こう書くといかにも筒井康隆の原作らしい刺激的な場面を思い浮かべそうであるが、映像は叙情的である。港町でもある尾道なのに、大林監督はあえて山の手の細い坂道や路地、瓦屋根の並ぶ古い街並しか映さない。
今でこそ尾道が舞台と我々は知っているけれども、初めて観る人には東京でも京都でもない、日本のどこか架空の古都としか思えないかもしれない。限られた幻想的な世界。そこにサスペンスをゆっくりと染み込ませていく大林監督。前半を観ただけで、普通のアイドル映画ではないことは一目瞭然だ。
映画に戻ろう。
和子の悩みを聞いたクラスメイトの一夫は、それがタイムリープ(時間跳躍)とテレポーテーション(瞬間移動)という超能力だと和子に教える。土曜日の実験室、ラベンダーの香りがした、あの白い煙を嗅いだことで和子は特殊な能力を持ってしまったのだ。
一夫は未来からやってきた人間で、目的は未来では手に入らないラベンダーの採集だった。和子があの煙を嗅いでしまったのは事故だったのだ。和子は普通の女の子に戻るために土曜日の実験室に戻してくれるよう一夫に頼む。時をさまよう危険を知っている一夫は躊躇していたが、ついに和子の願いを叶えることにした。
「強く念じるんだ。あの日のあの場所を」
「土曜日の実験室……」
和子はタイムリープとテレポーテーションに突入した。幼い頃の自分のいた世界をかけぬける。
じっくりと謎を深めてきた映画もここから一気にクライマックス、“大林ワールド”となる。時間を遡るシーンはSFXの見せどころであるが、ここで大林監督のとった手法はスチールカメラのコマどりによる極めて手作り的な映像だ。
しかしそれがとても胸に突き刺さる。本当に人生という旅を逆戻りしたら、これくらい切ない思いをするのかもしれない。ずっと寄り添うように流れていた松任谷正隆の音楽が、映像をさらに感傷的にする。
和子は土曜日の実験室に戻ってきた。一夫もいた。未来に帰らなければならない一夫は和子の記憶を消さなければならない。一夫自身の記憶さえも。いつしか一夫に恋心を抱いていた和子。
「いやよ、いや。この気持ちは何? 胸が苦しいわ」
「僕はまたやって来るかもしれない、でも君には僕だとわからない。僕にも君を見つけることはできない」
「わかるわ、私には……」
こう言いながら和子は気を失っていくのだった。
この後、大林監督は原作にはない未来の場面を加えて、哀愁のあるラストシーンにしている。さらにエンタテイメント性のあるエンディングロール(原田知世が劇中の場面で主題歌を歌う)で余韻をもう1枚重ねる。最後まで心憎い演出だ。
生涯にわたって映画を撮り続けた大林宣彦監督。最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は残念ながら新型コロナの影響で公開が延期となっているが、予定されていた劇場公開日は奇しくも大林監督がこの世を去った4月10日だった。あらためて大林宣彦監督のご冥福をお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『時をかける少女』
製作年:1983年
製作会社:角川春樹事務所 配給:東映洋画
カラー/104分
出演者/ 原田知世、高柳良一、尾美としのり、ほか
スタッフ/原作: 筒井康隆 監督:大林宣彦 脚本: 剣持亘 音楽:松任谷正隆 主題歌:原田知世「時をかける少女」
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp