文・絵/牧野良幸

歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんが11月28日に亡くなられた。歌舞伎に限らず舞台、映画、テレビで活躍し、人間国宝でもあられた中村吉右衛門さんだけに訃報を惜しむ声は大きい。

僕は歌舞伎に詳しくはないのだが、それでも『勧進帳』などは知っている。中村吉右衛門さんの弁慶を一度観てみたかったと思う。弁慶といえばNHKで放送された『武蔵坊弁慶』も評判だったという。テレビドラマなら『鬼平犯科帳』も忘れてはならない。

しかし今回は『武蔵坊弁慶』でも『鬼平犯科帳』でもなく、映画の『利休』を取り上げようと思う。これも中村吉右衛門さんが出演している映画だ。

『利休』は1989年に公開された勅使河原宏監督の作品。勅使河原宏はいけばなの草月流第三代家元としてだけではなく、映画監督としても活躍した芸術家だ。その勅使河原宏が野上弥生子の小説『秀吉と利休』を映画化したのが本作である。

中村吉右衛門はこの映画に徳川家康の役で出演している。そして中村吉右衛門の実兄、松本白鸚(当時は九代目松本幸四郎)も織田信長の役で出演している。

兄弟は初代松本白鸚(八代目松本幸四郎)の息子として生まれたが、弟の中村吉右衛門は母方の中村吉右衛門に養子となり、二代目として中村吉右衛門の名を襲名したのだった。こういった話は歌舞伎ファンなら承知のことだろう。

世代は違っても歌舞伎俳優と日本映画は密接な関係がある。初代松本白鸚は以前ここに取り上げた映画『日本のいちばん長い日』(1967年 https://serai.jp/hobby/1018092)に昭和天皇役で出演している。松本白鸚と中村吉右衛門は、時代も合ったのだろう、さらに映画やテレビに出演し映画館やお茶の間でも広く親しまれた。

『利休』はそんな松本白鸚と中村吉右衛門が出演している映画だが、二人とも歌舞伎俳優としてのオーラがハンパない。加えて主役の利休を名優三國連太郎、秀吉をこれまた名優の山崎努が演じて映画は豪華である。

映画のタイトルが出たあと、織田信長が南蛮人を招いて茶会をしているところが映る。自信に満ちた信長を松本白鸚が演じている。真夏の大陽のように明るくて豪放な信長だ。利休は信長の茶頭のひとりとしてつかえているが、まだ下っ端である。信長の取り巻きのいちばん後ろについていく。

ここから利休が、秀吉により自決させられるまでの運命が描かれるのである。

映画を早回しすると、信長は本能寺で明智光秀に襲われ、その明智光秀を秀吉が討ち、秀吉による天下統一の世となった。利休は秀吉に引き上げられ、今では茶頭以上の存在になっていた。

中村吉右衛門が演じる徳川家康が登場するのは、利休が家康を茶でもてなす場面だ。秀吉は家康に懐疑的だった。家康は豊臣家に謀反を起こす気だろうか。秀吉は家康の真意を探るため、利休に家康を茶でもてなすよう指図した。

徳川家康といえば「鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」という比喩があるくらい、慎重な武将として描かれるのが定番である。中村吉右衛門の演じる家康もそういう人物だが、やはり歌舞伎俳優だけあって非常に懐の深い家康である。

この頃になると、利休は人心から離れた政策をする秀吉より、家康を信服しているようである。利休は家康に問いかける。

「家康様は、命というものをどのようにお考えですか?」

「私が明日を迎えられること、でしょう」と家康は言い、利休のたてた茶を飲む。

「いつもこれが最後だと思って作る茶室ですが、無駄ばかりが目につきます」

「物事に最後はないでしょう。終わりは新しいことの始まり」と家康。

「さすがは次の世を生きられるお方でございます」

言葉だけ読むと賢人二人のありがちなやりとりに思うかもしれない。しかし映像では、利休が家康に救いを求めているかのようである。穏やかな笑みを浮かべている家康には、後光が差しているみたいだ。中村吉右衛門でなくては演じられないシーンだろう。

実のところ中村吉右衛門が出演するのはこの場面だけである。それでも映画全体を引き締める重要な場面となっている。まるで、いけばなでたった一片の花が全体に緊張感をもたらすかのように。

こういったところにも勅使河原監督の映像美を感じるが、それが可能になったのは中村吉右衛門が日本の伝統を体現できる人だったからにほかならない。中村吉右衛門さんは歌舞伎界のみならず日本映画にとっても貴重な存在だった。あらためてご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『利休』
1989年
上映時間:135分
配給:松竹
監督:勅使河原宏
脚本:赤瀬川原平、勅使河原宏
原作:野上弥生子『秀吉と利休』
出演者:三國連太郎、 中村吉右衛門、松本幸四郎(現:松本白鸚)、 山﨑努、三田佳子、岸田今日子、北林谷栄、ほか
音楽:武満徹

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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