文・絵/牧野良幸

俳優の隆大介さんが4月に亡くなった。隆大介さんといえば、黒澤明監督の『影武者』や『乱』で鮮烈な印象を放った俳優だ。64歳だった。ご冥福をお祈りします。

そこで今回は隆大介さんが出演した『影武者』を取り上げたい。

『影武者』は1980年(昭和55年)の作品。黒澤明がソ連での『デルス・ウザーラ』以来5年ぶりにメガホンをとった作品だ。国内映画なら『どですかでん』以来10年ぶり。時代劇となると『赤ひげ』以来15年ぶりとなる。

黒澤明は、1970年代に『どですかでん』と『デルス・ウザーラ』の2本しか作品を撮っていない。黒澤明に限らず日本映画は低迷期だったわけだが、この時期に多感な青春時代を過ごした僕には、黒澤明はすでに伝説的な存在だった。撮影にすごくこだわる監督、自分の作品のテレビ放送を許さない監督、などなど。その言動はいかにも巨匠らしく思えたものだ。

文学好きの友だちからは『チボー家の人々』を読めとすすめられると同時に、黒澤明の『生きる』を見ろと強く言われた。つまり知識欲に目覚めた若者にとって黒澤作品はマストな映画だったわけだ。

そんな過去の黒澤作品への敬意が、現在の黒澤監督への感心に変わった出来事が1977年(昭和52年)におこる。映画館で“スゲー!”とうなった『スター・ウォーズ』だ。

『スター・ウォーズ(エピソード4)』という面白すぎる映画を撮ったジョージ・ルーカスが、なんと黒澤明を師と仰いでいるという。ルーカスだけではなく『ジョーズ』『未知との遭遇』のスピルバーグも、『ゴッド・ファーザー』のコッポラも。リアルタイムで黒澤映画を見てこなかった昭和30年代生まれも、遅ればせながら“世界のクロサワ”を実感した。

その“世界のクロサワ”が、ようやく実現にこぎつけた映画が『影武者』だ。黒澤明らしく日本映画離れしたスケールの大きい時代劇。外国版プロデューサーにはルーカスとコッポラが名を連ねていた。

ストーリーは戦国の武将、武田信玄の影武者を、死罪となるところを助けられた泥棒がつとめる話。影武者を演じるのは、当初勝新太郎だったが、撮影中に降板し仲代達矢になった。この交代劇が社会的事件になったこともあり映画は大変話題になったと思う。

僕も初めて見るリアルタイムの黒澤作品ということで期待を抱いて見た。スケール、色彩、演出、細部のこだわりに“世界のクロサワ”を感じた。黒澤明は昔の白黒映画の方がいいという意見は多い。僕もそれには同意するが、その一方で『影武者』も大好きだ。DVDやブルーレイで何度見たことか。

ここでようやく隆大介の話に入る。

隆大介は、この映画で織田信長の役を演じたが、映画の中で大きな存在感を放っている。顔つきや話し方。立ち姿だけでも信長という人物を体現しているような気がする。今日まで織田信長を演じた役者を結構見たが、僕の抱く信長像に一番ピッタリくるのが隆大介だ。

個人的な意見だが、『影武者』という映画では、信長役はただ信長を演じられる人ならいい、というわけではない。それはショーケン(萩原健一)が武田信玄の息子、武田勝頼(諏訪勝頼)役で出演していることと関係がある。

ショーケンの演じる武田勝頼は気が荒く短気。後継者としても父の信玄から見放されてスネまくり。無鉄砲で枠におさまらない武将。実に魅力的なキャラだ。これを当時全盛期のショーケンが演じているのだ。主役の仲代達矢を別にすれば、この映画でのショーケンの存在感は一歩抜けていると思う。

こんなショーケンの武田勝頼に比べて、織田信長が小さく見えてしまってはまずいのである。信長は勝頼より遥かに破天荒でなくてはいけない。それでいて勝頼のような小物風なところがなく、どっしりと構えて内に秘めた自信と狂気を放射する。それが織田信長だ(と思う)。

その点において隆大介の信長はショーケンの武田勝頼に負けていない。二人が直接顔を合わせる場面はなく、数シーンで単独、ときに家康と登場するだけなのに、隆大介の信長は勝頼を超えた人物と写る。勝頼だけでなく他のどの武将とも格が違うとわかる。さすがにあの黒澤明が信長役に抜擢しただけある。隆大介はこの映画でブルーリボン賞新人賞を受賞した。

以上は、監督でもないのに勝手に信長役を心配した、僕のきわめて個人的な意見だから読み流してもらっていいのだが、それでも隆大介の信長は爽快感があっていいと思う。ワインを飲む信長。西洋の甲冑を着る信長。どれも信長らしい空気感が漂っていると思うのだ。

そんな織田信長がただひとり恐れていたのが武田信玄で、はたして信玄が生きているのか死んでいるのか気になって仕方がない。やがて影武者は偽物ということが味方の織田方にばれてしまいお役御免、追放される。信玄の死を知った信長は、

「さすが信玄。死してなお3年の間、よくぞこの信長をたばかった!」

と言って「人間五十年〜」と舞う。

この後、信長は長篠の戦いで武田勝頼を破り武田家を滅ぼす。浮浪の身となりながら武田家を見守っていた影武者も、信玄に導かれるように人知れずこの世を去る。壮大な戦国時代絵巻にふさわしいクライマックスである。

隆大介は『影武者』から5年後の『乱』にも出演した。主人公一文字秀虎の三男、三郎直虎の役である。ここでも、まっすぐな若者を演じて明暗が交錯する『乱』の明の部分をになった。

かつて黒澤映画には三船敏郎や志村喬、そのほか書き切れないほどの俳優がスクリーンの中で活躍したが、隆大介も重要な俳優の一人だ。そんな隆大介さんが64歳にして亡くなったのは本当に惜しい。あらためてご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『影武者』
公開:1980年
配給:東宝
カラー/180分
出演者:仲代達矢、山崎努、隆大介、萩原健一、根津甚八、
油井昌由樹、大滝秀治、桃井かおり、倍賞美津子、ほか
監督: 黒澤明
脚本: 黒澤明、井手雅人
音楽: 池辺晋一郎

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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