文・絵/牧野良幸

今回は橋田壽賀子さんが原作・脚本を書いたドラマ『おしん』を取り上げる。

橋田壽賀子さんも今年の4月に鬼籍に入られた。『渡る世間は鬼ばかり』『おんな太閤記』など、多くの名作を残した橋田壽賀子さんだが、なかでも『おしん』は大ヒットしたドラマだろう。

何せ日本だけでなく海外でも大人気になった。『おしん』を海外の人たちが熱烈に見ている。そんな評判が逆輸入されたことも驚きであった。

おしんブームはテレビだけにおさまらない。“おしん”という言葉は「辛抱」とか「逆境に負けない」という意味で日常的に使われたのもあの頃だ。僕も普通に使っていたと思う。

と書きながら、放送当時僕は『おしん』を見ていないのである。

NHKの連続テレビ小説として『おしん』が放送されたのは1983年(昭和58年)4月。1年間にわたって放送された。

1983年は僕が上京して3年目を迎えようとしていた年だ。駒込の民家の二階に下宿人として間借りしていた。六畳一間、共同便所、風呂なしで家賃は2万2千円。収入はバイトで月7万円あれば上々。ステレオは持っていたがテレビはなかった。だから『おしん』を見ることは物理的に無理だったのである。

まあ、たとえテレビを持っていたとしても、大学を出ても就職せず、絵描きを目指して上京してきた25歳の若者が、NHKの朝ドラを行儀良く見たとはとても思えない。

しかしテレビを持っていなかった僕でも、『おしん』の評判はマイケル・ジャクソンやMTVの話題と同じくらい飛び込んできたものだ。80年代の経済成長のなかで、日本の貧困の時代がテーマというのが逆に新鮮だった。『おしん』の人気がいかにすごかったかは、同時代の人間として十分に体感している。

そんな『おしん』をDVDで見た。

今さら書くのも恥ずかしいが非常に面白い。面白すぎるテレビドラマである。日本や世界の人たちが夢中になったのがわかる。

明治の末期、山形の貧しい小作農に生まれたおしんは、口減らしのために、1俵の米俵と交換に材木問屋へ子守り奉公に出される。おしん7歳の時である。

たった7歳の子どもがおとなの世界に放り出された。奉公先は7歳の子どもにも容赦せず厳しかった。おしんが悩み、生きていく話は胸にせまる。文章で読むとそれほどでもないが、映像だと強烈だ。

この少女時代のおしんを演じたのが子役の小林綾子。おしんと言えば、小林綾子のあどけない姿が定番になっていると思うが、確かに見る者を泣かせる演技だ。

こういう一代記のドラマにはたいがい悪役がいて、若き主人公がいじめられるのが定番。おしんも同様であるが、ほかと決定的に違うのは、子どものおしんがきちんと意見を言い、大人なみの気配りをするところである。

逆境の場面に落ちいった時のおしんのセリフが泣かせる。

「勘弁してけろ。オレの家は小作農で貧しいんだ。働いても働いても、大根めし食うしかねえんだ。オレ、少しでもとうちゃんやかあちゃんたちを楽させてやりてえんだ。オレが奉公を返されたら、米1俵、返さねばならねえ。どうかやめさせねえでけれ」

こんな感じの長いセリフを7歳の子どもが大人に向かって噛むように話すのである。これはグッとくる。おしんが大写しになり、小林綾子の黒目がキラキラと輝くのを見て、またジーンときてしまう。

大人顔負けのセリフをおしんが言うのは、もちろん橋田壽賀子が台本に書いたからである。少女時代にかぎらず、おしんの人物像はおしんの発する言葉で血肉をつけられていく。橋田壽賀子の脚本はストーリーも面白いが、セリフも上手いなあと思う。

結局、おしんは最初の奉公先を逃げ出し、雪山をさまよっていたところを脱走兵に助けられる。そのあとは酒田の米問屋にふたたび奉公に出て、今度は理解のある主人のもと、読み書きなどを学び成長していく。ここまでが小林綾子の演じる少女時代だ。

続く16歳からの成年期は、田中裕子がおしんを演じる。時代は大正になっている。

小林綾子のおしんが鮮烈で、見る方は心配してしまうのだが、田中裕子のおしんも素晴らしい。田中裕子は少女時代のおしん像に塗り重ねていくように、新たなおしん像を作り上げていく。もちろん戦後、熟年期のおしんを演じる乙羽信子も同様だ。

明治、大正、昭和をたくましく生きたおしん。その感動的な人生は強い個性を持つ三人の女優により描かれた。

そんな『おしん』を見て励まされた人が放送時にはたくさんいたというが、ドラマが作られてから40年近くたっても『おしん』は人の心を打つ。

僕など昭和と平成を飛び越して、令和の今『おしん』を見たのだが、それでもドラマを見て励まされた。嫌なことやつらいことがあったら、おしんを思い出してみようと思っている。

こう考えると『おしん』は日本人の遺産といってもいいかもしれない。いや世界の人々にとっても遺産というべきか。そんな素晴らしいドラマを生み出した橋田壽賀子さんのご冥福を、あらためてお祈りしたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『おしん』
1983年(昭和58年)4月4日~1984年(昭和59年)3月31日
月曜〜土曜8:15~8:30
(NHK連続テレビ小説第31作)
NHK放映
出演者:小林綾子(おしん:少女期)、田中裕子(おしん:成年期)、乙羽信子(おしん:熟年期)、泉ピン子、伊東四朗、中村雅俊、小林千登勢、東てる美、田中好子、山下真司、田中美佐子、長門裕之、北村和夫、長岡輝子、渡瀬恒彦、ほか
原作・脚本 橋田壽賀子
音楽:坂田晃一

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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