文・絵/牧野良幸
コメディアンの小松政夫さんが昨年12月に亡くなられた。78歳だった。小松政夫さんと言えば「しらけ鳥音頭」や淀川長治さんの物真似など、切れ味のいいギャグが印象的で、いつまでもお若いと思っていただけに突然の訃報は残念でならない。そこで今回は小松政夫さんが出演した映画を取り上げたい。
小松政夫の文字どおり“初出演”の映画というと、1965年(昭和40年)クレイジー・キャッツの映画『大冒険』となる。
デビュー前の小松政夫が植木等の付き人をしていた話は有名だが、この映画で小松政夫は植木等のかわりにオートバイでジャンプをするスタントを演じた。本当は本職のスタントマンがいたのだが、危険なスタントだったため拒否したらしい。それを見て付き人の小松政夫が、僕がやりましょうか、とやってしまったのだという。
着地するやオートバイから地面に投げ出されて一回転。シーンは1秒あるかないかの一瞬にすぎない。後ろから撮っているから顔は映らないし、付き人が無謀にもやったスタントだからクレジットにも名前は出ない。
しかしこの逸話を小松政夫の自伝で読んで以来、僕には『大冒険』の最大の見どころが小松政夫のスタントシーンになってしまったのだから不思議なものだ。場面が近づくとワクワクする。でもこれだけでエッセイを書くのは無理があるから、今回は別の映画を選ぶ。あしからず。
それが『麻雀放浪記2020』。白石和彌監督の2019年作品。つい最近の映画だ。
『麻雀放浪記2020』はいうまでもなく、イラストレーター和田誠の監督作品『麻雀放浪記』と関係がある。続編というか、オーマジュ的な作品だ。しかし和田誠の映画のようなつもりで見るととんでもないことになる。『麻雀放浪記2020』はタイムトラベルを含むSF映画であり、ラヴ・コメディでもあるのだ。
時代は映画公開時の2019年では“近未来”となる2020年の東京。確かに架空の近未来だ。国民は脳にチップを埋め込まれて管理社会となっていた。3年前に戦争が起き日本は敗戦。その影響で2020年に予定してた東京ゴリンピックは中止となっていた(ややこしいが、本当に中止になった東京オリンピックではない)。
そこに『麻雀放浪記』の主人公、坊や哲(斎藤工)が1945年からタイムスリップしてくる。坊や哲は地下アイドルのドテ子(チャラン・ポ・ランタンのもも)、そのマネージャーのクソ丸(竹中直人)と知り合うことで、自分のいた時代に帰りたいと思いつつも、2020年の東京で麻雀アイドルへと成長していく。
この映画で小松政夫が演じるのはひとり二役。1945年、敗戦直後の東京に登場する出目徳と、2020年の東京に登場する中国人麻雀士ヤンである。
出目徳は和田監督の『麻雀放浪記』で、高品格の演技があまりにも印象的だった人物だ。この役は高品格以外では考えられないほどだった。でも今回はコメディ映画でもあるから、まあ小松政夫でもいいか、なんてつもりで見ていたら、これが高品格に勝るとも劣らない出目徳なのである。坊や哲がタイムスリップすることになる1945年のオックスクラブ。
「明日は……雨かなあ……」
と牌をかき回しながら、坊や哲に合図を送る出目徳。牌を揃えると
「あれえ、おかしいなあ……天和(テンホー)だー」
上がっている。もちろん坊や哲と組んでイカサマをした。卓を囲むのは他にドサ健(的場浩司)、オックスクラブのママゆき(ベッキー)。つまり和田誠の『麻雀放浪記』の再現であるが、和田映画に劣らぬ緊張感である。底の知れない出目徳を、小松政夫で再び見た。
しかし白石監督も心得ていて、これだけで小松政夫を終わらせない。
出目徳は麻雀を打っている最中に急死する。しかし麻雀は死んだら負け、三人は出目徳の身ぐるみを剥がし所持金を三等分すると、そのまま麻雀を続ける。麻雀を続ける三人の横でフンドシ一丁の死体として放置されている小松政夫の姿がなんとも可笑しい。今度はコメディアン小松政夫として和田版にはなかったブラックユーモアを放つ。
小松政夫のもう一つの役が中国の麻雀師ヤンである。
話を飛ばしてしまうが、映画のクライマックスは、中止になった東京ゴリンピックのかわりに開催される“麻雀五輪”だ。これはロボットのAIユキ(ベッキーのひとり二役)と三人の人間による麻雀の世界王者を決める大会。その一人がヤンである。他に坊や哲、そしてオンライン麻雀ゲームの王者ミスターK(的場浩司のひとり二役)。
つまり最初に書いた1945年、オックスクラブで坊や哲と卓を囲んでいた三人が別人となって再び囲んでいる。輪廻転生を思わせる設定だ。
小松政夫が演じるヤンはコミカルな謎の中国人という感じ。しかし麻雀打ちのプライドか人間としてのプライドか、三人で無敵のAIユキに立ち向かっていく場面はシニカル。ここは役者、小松政夫である。ヤンが牌をかき回しながら言う。
「明日は……雨かな……」
AIユキには何のことか分からなくても坊や哲、ミスターKにはピンときた。3人はチームを組む。結局AIユキは敗れ、坊や哲が勝つ。その途端、超自然現象が起きて坊や哲は1945年に戻ることができた。タイムトラベル映画らしいクライマックスである。
今回は小松政夫のことばかり書いたが、映画自体は斎藤工の演ずる坊や哲、ももの演じるドテ子、竹中直人の演じるクソ丸による、非常に面白く展開する作品であることを書きそえておこう。
最初の出演映画『大冒険』では、クレジットにも載らないスタントマンのそのまた代役だった小松政夫であるが、『麻雀放浪記2020』のエンドロール、小松政夫の名前が出てくるのは出演者の最後から二番目、大物俳優の位置である。これが小松政夫の歩んできた映画人生、芸能人生をあらわしていると思う。あらためて小松政夫さんのご冥福をお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『 麻雀放浪記2020 』
公開:2019年
製作: 「麻雀放浪記2020」製作委員会
配給:東映
カラー/ 118分
出演者: 斎藤工、もも(チャラン・ポ・ランタン)、ベッキー、
的場浩司、岡崎体育、ピエール瀧、伊武雅刀、竹中直人 、 小松政夫 、ほか
監督:白石和彌、脚本:佐藤佐吉、渡部亮平、白石和彌、
原案:阿佐田哲也「麻雀放浪記」、音楽:牛尾憲輔
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp