文・絵/牧野良幸
ハリウッドの名優カーク・ダグラスさんが2月に亡くなった。享年103歳だったという。ご冥福を祈ると共に、今回は特別編としてカーク・ダグラス主演の映画『スパルタカス』を取り上げてみたい。
カーク・ダグラスというと若い人にはあまり馴染みがなくて、むしろ息子のマイケル・ダグラスのほうが知名度が高いかと思う。かく言う僕にしてみても、62歳という自分の人生を振り返ってみると、お父さんのカーク・ダグラスよりもマイケル・ダグラスの映画の方がリアルタイムに接してきた気がする。
とはいえカーク・ダグラスの認知度が下がったかというとそうではない。もはや父親の名を借りなくともアメリカの本格俳優となったマイケルが活躍すればするほど、「マイケル・ダグラスのお父さんはカーク・ダグラスなんだよね」と父親の存在も輝き出すのだ。息子のマイケルもそれを聞いて悪い気はしないと思う。
もっともマイケルの名前を出すまでもなく、カーク・ダグラスはハリウッドを象徴する映画俳優であり伝説の存在であり続けた。カーク・ダグラスが出演した『OK牧場の決斗』は西部劇の代表作で、小さい頃は昭和の日本で暮らす僕でさえ、重大事がある前日には「よし、明日はOK牧場の決斗だな!」と友だちと喝を入れあったものである。
しかし今回取り上げるのは西部劇ではなく古代ローマ時代を舞台にした『スパルタカス』だ。1960年の作品でカーク・ダグラスは主演だけでなく製作総指揮もおこなっている。
どうして『スパルタカス』を選んだかというと、それは数年前に塩野七生の『ローマ人の物語』という本を読んで以来、古代ローマ時代に興味を持つようになったからだ。若い頃なら古代ローマの映画なら地味と思ったものだが、一旦興味を持つと古代ローマ時代を描いた映画が俄然面白くなったのである。
ただ古代ローマ時代を描いた映画なら何でもいいか、というとそうでもない。
映画だからフィクションが混ざっていても構わないが、基本は史実に忠実。これが僕にとって大切である。古代ローマ時代に実際に起きた出来事を映像として見るのは興味深い。また歴史上の人物が俳優によって演じられるのを見るのも楽しい。
その意味でこの『スパルタカス』も面白い映画だ。時代は紀元前70年頃のローマ帝国。ストーリーは実際にあった奴隷集団の反乱を題材にしている。
反乱を起こす奴隷たちの首領がスパルタカス(カーク・ダグラス)だ。
トラキア人のスパルタカスは奴隷だったところを剣闘士商人に買われ、剣闘士の養成所に入れられる。過酷な訓練を受けていた剣闘士達であったが、ある日スパルタカスたちは反乱を起こし脱走する。スパルタカスをリーダーにした剣闘士たちは他の土地の奴隷たちも開放し、軍団を形成した。スパルタカスたちは港からローマ帝国を脱出し自由になろうとする。しかしローマ軍はそれを阻止しようと進軍してくる。
僕のような、にわか“古代ローマ好き”にはたまらない映画だ。古代ローマの服装や室内の様子が映るだけで楽しい。他にも首都ローマの景観や元老院での会議での様子、最後の決戦シーンでの凄まじい兵士の数など見所は多い(監督はスタンリー・キューブリックだ)。
もちろんハリウッド映画だから脚色も多いだろう。しかし“古代ローマ好き”はそこを透かして、遠いローマに想いを馳せるのである。
俳優が実在の人物にどれだけ切迫しているかを見るのも楽しい。スパルタカス達を征伐するローマ軍の指揮官クラッサス役はローレンス・オリヴィエ、そしてジュリアス・シーザー役にはジョン・ギャヴィン。どちらも僕が抱くイメージに遠からずなのだが、惜しむらくは俳優の美形、華やかさが前に出てしまっている気がしないでもない。
その点スパルタカスを演じるカーク・ダグラスは、歴史に伝わるスパルタクス(実在の方はこう書くらしい)が本当にこんな人物だったような気がするのだから素晴らしい。
採石場で働く奴隷として最初に登場するシーンは肉体で魅せる。剣闘士の養成所では虐げられ、強さと同時に哀愁のある演技で魅せる。奴隷集団のリーダーとなったあとは逞しい指導者、馬に乗る姿も凛々しい。加えて婦女子や老人たちに接する時の優しさ。妻となる奴隷のヴァリニアとのシーンさえ、美男美女のラヴシーンでなく純粋な男女のシーンに感じてしまうほどだ。
もちろんあのカーク・ダグラスだから、どのシーンでもハリウッド俳優のオーラが出まくりである。しかしその上で実在したスパルタクスの人物像も一緒に動き出すから不思議だ。映画を観終われば、スパルタカスの仲間となって僕も古代ローマを走り回っていたような気がする。名優カーク・ダグラスならではの役所だろう。あらためてご冥福をお祈りしたい。
【今日の面白すぎる日本映画<特別編>】
『スパルタカス』
製作年:1960年
製作:エドワード・ルイス 製作総指揮:カーク・ダグラス 配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
カラー/198分
キャスト/カーク・ダグラス、ローレンス・オリヴィエ、ジーン・シモンズ、ピーター・ユスティノフ、ほか
スタッフ/原作:ハワード・ファスト 監督:スタンリー・キューブリック 脚本:ダルトン・トランボ 音楽:アレックス・ノース
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp