『鉄道員』【面白すぎる日本映画 第41回】文・絵/牧野良幸

志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため死去した。享年70歳。あまりにも突然のことで言葉も出なかった。ご冥福をお祈りするとともに、今回は志村けんさんが出演した『鉄道員(ぽっぽや)』を取り上げて追悼の意を捧げたいと思う。

映画の前にドリフターズ時代のことも書いておきたい。

志村けんといえばドリフターズの新たなメンバーとして登場した時のことを思い出す。多分僕の世代がドリフをよく観た最初の子どもで、志村けんがメンバーとなった70年代はファンも世代が入れ替わっていたと思う。

しかしニキビ面の高校生になっても『8時だョ!全員集合』は面白かった。さすがに高校生になると番組の最初にやる綿密なコントよりも、荒井注の「なんだ、バカヤロウ」というアナーキーなギャグの方が面白かったが、その荒井注が脱退を宣言した時にはドリフの行く末を心配したものである。

替わりに入ったのが志村けんだった。容姿、名前ともに個性的だった他の4人のメンバーに比べるといかにも普通の若者で、これで荒井注の穴が埋められるのかと心配したものだが、それは杞憂だった。志村けんが一番「変なおじさん」だったのだ。その後も「バカ殿様」などで活躍したことはみんなの知るとおりで、僕は特に「アイーン」が好きである。

ブラウン管で多くの人を笑わせてきた志村けんだけれども、正式な映画出演が『鉄道員(ぽっぽや)』だけだった事には驚いてしまう(厳密には付き人時代に端役で出演したドリフターズの映画や吹き替えの出演作があるらしいが)。志村けんほどのコメディアンなら映画に引っ張りだこだったと思うのだが、そこはコメディアンとしてのこだわりがあったのだと聞く。

志村けんの唯一の出演作が『鉄道員(ぽっぽや)』である。1999年公開の降旗康男監督の作品だ。

舞台は北海道のローカル線にある幌舞駅。その駅長、佐藤乙松のことを描いた映画だ。乙松に高倉健。乙松の妻に大竹しのぶ、乙松の同僚に小林稔侍。他にも広末涼子や吉岡秀隆、田中好子らが出演している。

名だたる名優、話題の俳優のなかで志村けんも出演。しかし出演シーンは長くない。時間にして5分ほどのエピソードに出るだけである。しかし映画の中では中間部の重要な場面である。志村けんの役割は大きい。

志村けんが登場するのは、幌舞駅前の「だるま食堂」で炭鉱夫たちが争いを起こすシーンだ。筑豊の炭鉱から幌舞にやってきた、酔いどれの臨時工が志村けんの役どころである。シーンは臨時工が食堂の中で地元の炭坑夫たちと揉み合いをしているところからいきなり始まる。組合のストについて揉めているのだ。

「甘ったれんじゃねえ!」

炭坑夫の一人が酔っ払った男を投げ飛ばす。

「とうちゃん!」

と子どもが心配して叫ぶ。起き上がった男は酔っ払っているもののしっかりした口調で言う。

「本坑は高みの見物やろが。合理化いうて最初に首を切られるのはワシら臨時工やろ!」

炭坑夫たちも黙っていない。

「てめえみたいな渡り坑夫がスト破りすっから、長持ちするヤマも息切れすんだ!」

「ガキ連れてるからって甘くみりゃ、なんだその言葉はよ!」

再び坑夫たちが揉み合う。ここで主演の高倉健と小林稔侍が志村けんを助けて、父子を家まで送ってやるのが次のシーンである。二人は酔い潰れた臨時工を支えて歩く。ここからの酔っ払いの演技は、志村けんならではだ。

「あかくぅ、さくのは~、あかいはなぁ~、オレは夜ひらくぅ~」

と酔どれの歌を歌う。雪道の千鳥足は上手いタイミングで転ける。家に着くと倒れ込んで

「おい、酒と洗面器! 洗面器……オェ!」

と落とすまで志村けんの独壇場である。高倉健もここでは脇役に徹しているようだ。

以上が志村けんの出演した場面である。前半が渡り坑夫の哀愁やプライドや父親としての実直な姿を見せるシリアスな演技としたら、後半は志村けんらしいコミカルな演技だ。今観るとこの5分間に志村けんのエッセンスが凝縮されている。

訃報と一緒に報じられたところでは、志村けんは今年12月に封切り予定だった山田洋次監督『キネマの神様』において初の主演を務めることになっていた(菅田将暉とのダブル主演)。『鉄道員(ぽっぽや)』から21年ぶりの映画出演となるはずだった。

それを思うと突然の訃報が本当に残念でならない。改めて志村けんさんのご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『鉄道員(ぽっぽや)』
製作年:1999年
製作:「鉄道員」製作委員会 配給:東映
カラー/112分
出演者/高倉健、大竹しのぶ、広末涼子、吉岡秀隆、安藤政信、志村けん、奈良岡朋子、田中好子、小林稔侍ほか
スタッフ/原作: 浅田次郎 監督:降旗康男 脚本: 岩間芳樹、降旗康男 音楽:国吉良一

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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