ジャズ・スタンダード必聴名曲(2)「枯葉」
文/池上信次
「枯葉」(原題:Les Feuilles mortes/英語題:Autumn Leaves)は、シャンソンの代表的スタンダード・ナンバーですが、現在ではおそらくシャンソン以上に、「ジャズのスタンダード」として知られているのではないでしょうか。
「枯葉」はフランス生まれ。1946年制作・公開のフランス映画『Les Portes de la Nuit (夜の門)』の挿入歌で、ハンガリー出身でパリで活動した作曲家のジョゼフ・コズマと、フランス生まれの詩人・作詞家・脚本家のジャック・プレヴェールによって作られました。メロディはもともと45年にローラン・プティ・バレエ団の伴奏音楽としてコズマが作曲したものですが、そこにこの映画の脚本を担当するプレヴェールが歌詞をつけて「枯葉」として完成しました(映画は日本では劇場未公開ですが、たびたびソフト化されており、現在の邦題は『枯葉 ~夜の門~』となっています)。
監督は、名画として知られる『天井桟敷の人々』(45年)のマルセル・カルネ。プレヴェールは同作でも脚本を書いています。主演は当時新人歌手のイヴ・モンタンで、映画中で「枯葉」はバックグラウンドのほか、モンタン、共演のナタリー・ナティエが歌い、ハーモニカの演奏も登場します。映画は当時ヒットしなかったと伝えられていますが、「枯葉」はその後、シャンソン歌手のジュリエット・グレコやエディット・ピアフ、コラ・ヴォケールらがカヴァーし、フランスで広く知られるようになりました。
このフランスの有名曲をアメリカに紹介したのは、ビング・クロスビーでした。「Autumn Leaves」という英語題名で、ジョニー・マーサーによる英語歌詞で歌ったレコードを50年に発表したのが最初です。その後、52年にスタン・ゲッツ(テナー・サックス)、54年にはハリー・ジェイムズ(ビッグ・バンド)らジャズマンが取り上げてはいますが、この時点ではまだ「(アメリカでは目新しい)フランスの名曲」という認識だったと思われます。
「枯葉」がアメリカで有名になったのは、55年にポピュラー・ピアニストのロジャー・ウィリアムズの演奏からです。ウィリアムズのシングルは、ビルボード・チャート1位、セールス200万枚の大ヒットとなりました。なお、この演奏はオーケストラをバックにした装飾過剰ともいえるピアノ・スタイルで、シャンソンともジャズともまるで異なるテイストですが、エロール・ガーナー、アーマッド・ジャマルが反応、同年にジャズ・ピアノ・トリオで録音しています。とくにガーナーはきらびやかな装飾音を散りばめ、明らかにウィリアムスを意識した演奏になっています。また同年にはギタリストのタル・ファーロウも録音を残しています。
そして翌56年にはアメリカで映画『Autumn Leaves』が作られ公開されます(ロバート・アルドリッチ監督、ジョーン・クロフォード主演/日本劇場未公開)。そこで主題歌として使われたのが、ナット・キング・コールのヴォーカルによる「枯葉」でした。この映画のストーリーは『夜の門』とは無関係かつ「枯葉」の歌詞とも直接関係がないので、ウィリアムスのヒットにあやかっての企画なのでしょう。
こうして「枯葉」はさらに有名になり、ジャズマンの間にも徐々に浸透し、56年にはジミー・スミス(オルガン)、57年にはフランク・シナトラ(ヴォーカル)、ヴィンス・ガラルディ(ピアノ)らが録音しました。そして58年、大物マイルス・デイヴィスが録音します。正確にはマイルスが参加したキャノンボール・アダレイのアルバム『サムシン・エルス』[(1)]なのですが、それは契約の制約をかいくぐるための「隠れみの」で、実質はマイルスがリーダーのセッションです。これは同年8月にリリースされました。この演奏は、現在では「枯葉」の代表的名演の筆頭としてよく紹介されますが、この直後にすぐ「枯葉」の録音が増えたということではないようです。
これと並んで名演とされるのが、ビル・エヴァンス(ピアノ)によるもの[(2)]ですが、彼の演奏は翌59年末の録音で、60年初頭にリリースされました。その60年にはアート・ペッパー(アルト・サックス)、ジャック・マクダフ(オルガン)が録音、61年にはボビー・ティモンズ(ピアノ)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、アル・コーン&ズート・シムズ(ともにテナー・サックス)、ソニー・スティット&ジーン・アモンズ(ともにテナー・サックス)と急速に録音が増えました。「枯葉」がジャズ・スタンダード化したと思われるのはこのあたりからと思われます。そしてその後は現在に至るまで膨大な録音が残されています。
現在では、ロジャー・ウィリアムスの演奏や『夜の門』の歌とジャズの演奏が比べられることはありませんし、その意味もありません(そもそも知られていない)。完全にスタンダード化したといえます。強いていえばジャズマンにとってはマイルスやエヴァンスの演奏が「元歌」的存在といえます。しかし、いずれはそのイメージも希薄になっていくことでしょう。
なお、「枯葉」を書いたプレヴェールとコズマのコンビは、このほかにも「美しい星で」「バルバラ」など、50曲超のシャンソンを書いていますが、ジャズで取り上げられる曲は「枯葉」のほかにはありません。なぜ「枯葉」だけが、ジャズで取り上げられるのか。その話題は次回で。
「枯葉」名演収録アルバムと聴きどころ
(1)キャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』(ブルーノート)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)
録音:1958年3月9日
録音から60年が経った今でも「枯葉」といえばマイルスといわれるほど、この曲と演奏者のイメージはくっついてしまっています。いわば、他人の曲なのに自分の「持ち歌」にしてしまったわけで、それこそ最高の個性表現、つまり最高のジャズ名演といえるもの。ジャズにおいてはセルフ・ブランディング能力も技術の一部なのです。
(2)ビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』(リヴァーサイド)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、スコット・ラファロ(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)
録音:1959年12月28日
ロジャー・ウィリアムズの甘さやマイルスの暗さといったような、シャンソン原曲からくるムードを徹底的に排し、リズミカルなイントロから速いテンポのテーマ、メンバー同士の会話のようなソロ(インタープレイ)で、エヴァンスは「エヴァンスだけの枯葉」を作り出しました。いわば「素材としての曲」。これが典型的なジャズマンの流儀です。
(3)ナット・キング・コール『永遠のナット・キング・コール』(キャピトル)
演奏:ナット・キング・コール(ヴォーカル)
録音:1955年8月23日(英語)、64年8月18日(日本語)
これはベスト盤なのですが、ここには「枯葉」が、なんと英語と日本語の2ヴァージョンで収録されています。「枯葉」のさまざまなタイプの演奏を楽しむ上でも、もともとは歌詞のある「歌」であり、それが表現している世界はぜひ知っておきたいところ。キング・コールは日本語で歌っても説得力が素晴らしいですね。心に染みます。
(4)サラ・ヴォーン『枯葉(クレイジー・アンド・ミックスト・アップ)』(パブロ)
演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、ローランド・ハナ(ピアノ)、ジョー・パス(ギター)、アンディ・シンプキンス(ベース)、ハロルド・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1982年3月1、2日
歌詞は歌わず、最初から最後まで全部即興のスキャット(シュビダバシャバダバ……というやつです)という演奏で、「枯葉」のメロディはどこにも出てきません。はたしてこれは「枯葉」なのか?という疑問は当然ともいえますが、これがサラの個性なのです。ここではサラは「声という楽器」の演奏者なのです。
(5)ジュリアン・レイジ『グラッドウェル』(デッカ)
演奏:ジュリアン・レイジ(ギター)
録音:2010年
現在のジャズ・ギター・シーンの最先端をリードするジュリアン・レイジは、「枯葉」を無伴奏ソロで演奏。驚異的な技術に裏打ちされた自由奔放に動き回る展開がじつにスリリング。世代的(87年生まれ)に過去の名演はすべて並列で認識されているだけあって、ジャズ・ギターの歴史がそこに見えるかのよう。
※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。