今回は前回に引き続き、日本のジャズ「読者人気投票(楽器別)」を見ていきます。前回紹介のトランペットやバリトン・サックスのように「同一ジャズマンが20年連続1位」というのもファン気質の反映ではありますが、さすがにどの楽器もそういう状況では投票の意味も薄れてしまいます。やはり毎回の順位変動こそが人気投票のほんとうの面白さともいえます。幸いというか、ちゃんと「熾烈な首位争い」が繰り広げられていた部門もありました。それはアルト・サックスです。

アルト・サックス奏者といえば、1940年代後半に「モダン・ジャズ」の基礎を作ったチャーリー・パーカーが、その全盛期にはダントツの人気でした。パーカーは55年に死去しましたが、その後は彼の「後継者」たちがその座を争っていました。1960年の順位を見てみると、1位:キャノンボール・アダレイ、2位:ジャッキー・マクリーン、3位:ソニー・スティットと、いずれもまさにパーカーのスタイルを継承している顔ぶれです。キャノンボールとマクリーンはこの後、61年62年と1位2位のままですが、63年にちょっと変化が起こります。それまで4位以下にいたポール・デスモンドがマクリーンを追い越して2位に浮上、66年までその座を維持します。

ここまでの1位2位を並べると、

1960年 キャノンボール/マクリーン
1961年 キャノンボール/マクリーン
1962年 キャノンボール/マクリーン
1963年 キャノンボール/デスモンド
1964年 キャノンボール/デスモンド
1965年 キャノンボール/デスモンド
1966年 キャノンボール/デスモンド

となります。

デスモンドは1950年代から、デイヴ・ブルーベック(ピアノ)と組んで多くのアルバムを発表してきましたが、ブルーベック・カルテットで1959年末に発表(アメリカ)した「テイク・ファイヴ」を含む『タイム・アウト』(コロンビア)のヒットがじわじわと人気を押し上げたのでしょう。リーダー・アルバムも発表していましたが、これぞというヒットはありませんでしたので、「テイク・ファイヴ」はたいへん大きなインパクトを与え続けたと推測できます。

キャノンボールは、ファンキー・ジャズ路線の安定人気というところでしょうか。1963年の来日公演では(マイルス・デイヴィスと1958年に録音した)「枯葉」を演奏しているのをみると、ファンキーだけではない幅広い人気だったことがうかがえます。

『キャノンボール・アダレイ・ライブ・イン・東京/枯葉』(リヴァーサイド)
演奏:キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ナット・アダレイ(コルネット)、ユーゼフ・ラティーフ(テナー・サックス)、ジョー・ザヴィヌル(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、ルイス・ヘイズ(ドラムス)
録音:1963年7月9、14、15日
来日公演のライヴ盤で、日本でのみ1976年にリリースされたもの。タイトルどおり「枯葉」が収録されているのが売り。同じ来日公演の音源は『ニッポン・ソウル』(リヴァーサイド)として当時すぐに発売されましたが、「枯葉」は未収録でした。この来日時の公演はテレビでも放送されました。

そして67年、新星がこの牙城を切り崩します。その名はオーネット・コールマン。ここまでの順位は、60年から66年で、13位→3位→3位→4位→8位→4位→3位と、少しずつ首位に近づいていたのでした(先の3位以下はわざと隠していたのですけど)。66年には『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン』(ブルーノート)をリリースしていますが、それが即座に反映されたというよりも、じわりじわりとファンへのボディブローが効いていたのでしょう。じつはオーネットは63~65年あたりにはリーダー・アルバムを発表していないのにランク入りしていたのですから。

そしてその67年(投票発表後)に初の来日公演を行ない、その人気にはさらに高まり、なんと72年まで6年連続1位という快挙を成し遂げます。快挙としたのは、オーネットは「フリー・ジャズの先駆者」だったから。オーネットは、パーカー→キャノンボール(あるいはマクリーンでもデスモンドでも)とは違った、モダン・ジャズ・アルト・サックスの流れの方向をガラッと変えた(もちろん影響は多大に受けていますが)人ですから、これが1位になるということは、リスナーの意識を大きく転換させた表われといえるからです。だって「枯葉」からフリー・ジャズへの転換ですよ。日本の(マニアじゃなくて)ジャズ・ファンはけっこうコンサバなイメージがありましたが、いやいやなかなか進歩的だったのですね。

『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン・トリオ Vol. 1』(ブルーノート)
演奏:オーネット・コールマン(アルト・サックス、ヴァイオリン、トランペット)、デヴィッド・アイゼンゾン(ベース)、チャールズ・モフェット(ドラムス)
録音:1965年12月3日、4日
現在の耳で聴けば「フリー・ジャズ」には思えないでしょうが、当時の状況を考えると強烈に刺激的だったはず。これがあったからこそ、その後の状況ができたのです。ジャズの意識を変えたのですね。

そして73年、ついにオーネットは2位へ順位を下げます。首位に立ったのは……まさかの(失礼)フィル・ウッズでした。翌74年にはオーネットは3位、ウッズは2位。1位は……ソニー・スティットでした。75年は1位2位変わらず、オーネットは5位。76年は再びウッズが1位になり、オーネットは7位。そして77年から80年まで4年連続で1位アート・ペッパーと、再びど真ん中のモダン・ジャズマンがトップをとるようになりました。

あらら、大勢は大転換からまた転換したのでした。やはりファンは移り気ということなのか。だから人気投票は面白いのですね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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