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文/池上信次

ジャズを聴く技術~ジャズ「プロ・リスナー」への道《第1回》

ジャズを聴く技術〜ジャズ「プロ・リスナー」への道《第1回》

はじめに

いきなりちょっと極端な言い方ですが、ミュージシャンの演奏技術に巧拙があるのと同じように、リスナーの「聴取・鑑賞」にも技術が必要です。もちろん、音楽はただ聴いて楽しめればそれでいいですし、100人いれば100とおりの聴き方があります。音楽とは本来そういうものだと思いますが、しかし音楽を「聴く技術」は確実に存在します。音楽を聴いてその面白さをどこまで感じるとることができるか。文章なら「読解力」というところですね。小説と新聞では読み方が異なるように、音楽もジャンルによって聴き方は違います。ここでは、そのなかでも「ハードルが高い」「難解」と思われがちな「ジャズ」の聴き方を紹介していきます。

もしこれまでジャズが苦手だったとしても、それは「聴きどころ」が掴めていないだけのこと。この連載ではジャズの「聴き方」を明快に紹介し、みなさんにジャズの深みにどっぷりとはまっていただこうと思います。「聴きどころ」がわかれば、誰でもジャズは最高に面白い音楽だと感じることができることでしょう。いわば、ジャズの「プロ・リスナー」(まあ、上級者ということですね)への道案内です。

ジャズには他の音楽にはないさまざまな特徴があります。専門用語もよく耳にしますよね? まずはそれらを少しずつ解き明かし、各回テーマに沿って楽曲や名演を聴きどころとともに紹介していくことにしましょう。

第1回 ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか?(1)~「スタンダード」という「土俵」

「ジャズの曲」と聞いて、みなさんはどんな曲を想像しますか? 「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「枯葉」「虹の彼方に」「サマータイム」などがよく知られるところですね。では、演奏しているのは誰かと聞かれれば、同じ曲でもみなさん違う名前を挙げることでしょう。たとえば「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」なら、マイルス・デイヴィス(トランペット)、チェット・ベイカー(ヴォーカル&トランペット)、フランク・シナトラ(ヴォーカル)、ビル・エヴァンス(ピアノ)など、多くのジャズマンがこの曲を演奏しています。楽器も違えばスタイルもまるで異なるにもかかわらず、ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか。

一方、ポップスの世界に目を向けると、たとえば「ボヘミアン・ラプソディ」を歌っているのはクイーンだけですよね。まあ、「カヴァー」している人はいるでしょうが、どんな演奏でもクイーンにかなうはずはない。でも「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、マイルスもシナトラもエヴァンスも素晴らしい、というか比べようがないのです(ある程度ジャズを聴いている方なら体感していることでしょう)。

「ボヘミアン〜」はクイーンが演奏しなければ(もちろんフレディ・マーキュリーの歌でなければ)成立しない楽曲です。つまり、「ボヘミアン〜」は楽曲と演奏者が不可分ということ。言い換えればクイーンの独占的な「持ち歌」。ポップスはほとんどこの形ですね。でもジャズはこの逆で、「持ち歌」という考え方はしないのです。もちろん「十八番(おはこ)」はありますが、独占はおろか「持ち歌」ではないからこそ「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を取り上げているのです。ここにジャズのひとつの大きな特徴が表れています。

では「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」のオリジナルは何かというと、リチャード・ロジャース作曲、ロレンツ・ハート作詞による、1937年のブロードウェイ・ミュージカル『ベイブス・イン・アームス』の劇中歌です。といっても、このミュージカルを知る人は、今ではほとんどいませんよね? ちなみにマイルスはその年11歳。マイルスだってオリジナルは知らないのです。ではなぜそんな曲を演奏しているのか。

もちろんジャズマンは「同じ曲」だけを演奏しているわけではありません。新しい「ネタ」も探して演奏します。この曲は、おそらくはフランク・シナトラが「新ネタ」としてミュージカル曲のカヴァーとして歌ったもの(53年録音)が、ジャズマンの間で「いい曲」として認識され、チェット・ベイカー(54年録音)、マイルス・デイヴィス(56年録音)らがさらにカヴァーするうちにミュージシャン、聴衆ともに広く知られ、そのくり返しから「スタンダード化」したのです。ジャズマンが演奏する「同じ曲」とは、このスタンダード曲のことです。ですからどんなスタンダード曲でも、当初は「違う曲」だったのですね。今ではこの曲は、なんと600を超える録音が残されているといいます。「カヴァー」とは「オリジナル」と対比する呼称ですから、オリジナルがよく知られる「ボヘミアン〜」は誰がやってもカヴァーですが、スタンダードとなった楽曲は、もはやオリジナルの意味はほとんどなくなっているので、ジャズではスタンダード曲の演奏はカヴァーとはいいません。言い換えれば、カヴァーの認識がなくなった曲がスタンダード曲ともいえましょう。

「同じ曲」の意味がわかったところで、あらためて、ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか? 答えのひとつを端的にいえば、ジャズマンは「楽曲の魅力だけで勝負しない」から。ジャズマンの勝負どころは、いかに自分だけの表現ができるかというところ。つまりジャズとは楽曲以上に「個性」を聴かせる音楽なのです。もちろん優れた作曲をするジャズマンもたくさんいますし、スタンダード曲も最初は「楽曲で勝負」だったわけですが、それ以上に音色や声、アドリブ(即興演奏)など、「演奏家」としてのスタンスを重視しているのです。その個性=他者との差異をアピールするためには、聴衆に広く知られた「同じ曲」を演奏するのがとてもわかりやすい。だからジャズマンはみんな同じ曲=スタンダード曲を(正確にはスタンダード曲「も」)演奏するのです。いわばスタンダード曲は、ジャズマン共通の「土俵」なのです。

ある程度ジャズを聴かれた方なら、「ジャズに名演あって名曲なし」という格言を聞いたことがあると思います。けっしてジャズに「名曲」がないということではありませんが、これは「まず演奏ありき」というジャズマンのスタンスをわかりやすく表したものなのです(この格言についてはまたあらためて紹介します)。

ですから、多くのジャズマンが「ボヘミアン・ラプソディ」をくり返し取り上げたら、将来もしかしたらジャズ・スタンダードの仲間入りを果たすかもしれませんね(ただ実際にはジャズでスタンダード化する曲にはそれなりの特徴があるので「ボヘミアン〜」は難しそうですが、その話題はまた追って)。

次回は「スタンダード曲」とその名演を聴いていきましょう。曲は、スティーヴィー・ワンダーの「イズント・シー・ラヴリー」。意外かもしれませんが、このポップス・ヒット曲も今やジャズ・スタンダードなんですよ。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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