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「イケメンでなくても好き」という大ヒット・ラブソング【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道24】

文/池上信次

第24回ジャズ・スタンダード必聴名曲(14)「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」

マイルス・デイヴィス『クッキン』

マイルス・デイヴィス『クッキン』

本連載では、ジャズ・スタンダードになっているミュージカル楽曲の作曲家を紹介してきましたが、ジョージ・ガーシュウィン、コール・ポーターに続いて紹介するのは、リチャード・ロジャース(Richard Rodgers/1902〜79)です。ロジャースは、生涯に43作のミュージカルを手がけ、900曲以上を作曲。ミュージカルのみならず、映画音楽、テレビ音楽でも活躍し、アメリカのポピュラー音楽界に絶大な功績を残しました。

ミュージカル曲には必ず歌詞があるので、多くの場合は作曲家は作詞家とコンビを組むことになります。ミュージカルは1作で十数曲が使われ、ひとたびヒットするとそのコンビでまた次のミュージカルが作られていくことが多いため、ヒット・コンビほど多くの作品があるともいえます。ジョージ・ガーシュウィンは兄のアイラ(作詞)とのコンビがよく知られています。コール・ポーターは作詞と作曲の両方を手がける才人でした。

リチャード・ロジャースの名曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」

リチャード・ロジャースはニューヨーク生まれ。1919年、17歳のときに作詞家のロレンツ・ハート (1895~1943)と出会い、コンビを組んでブロードウェイで活動を始めます。25年の『ザ・ギャリック・ゲイティーズ(The Garrick Gaieties)』がヒットし(そこからは「マンハッタン」がジャズ・スタンダードとなりました)、以降「ロジャース&ハート」はヒット作を量産。43年にハートが亡くなるまでミュージカル28作、500曲以上を残しました。

ハートの死後、ロジャースは作詞家のオスカー・ハマースタイン2世とコンビを組んで創作を続けました。この「ロジャース&ハマースタイン」も、ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』をはじめとした数々の名曲を作り出しました。

ロジャースの活動の詳細は追って紹介していきますが、今回は「ロジャース&ハート」作品でジャズ・スタンダードとなった曲でもっとも有名な1曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)」を紹介します。ヴォーカルでもインストでも膨大な録音が残されており、ジャズ・ファンならば絶対に知っておきたい、という以前にきっとどこかで耳にしている名曲中の名曲です。

「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、37年に発表されたミュージカル『ベイブス・イン・アームス』の中の1曲。「ヴァレンタイン」は登場人物の男性の名前で、主人公の女性が、ヴァレンタイン君に語りかける歌なのです。歌詞の内容は、「私の、おかしな、笑っちゃうヴァレンタイン君。イケメンじゃないけど、私にとっては芸術作品なの。ヘアスタイルは変えないで、そのままでいて。毎日がヴァレンタインの日なんだから」(そうとう意訳ですけど)という感じです。ミュージカルのストーリーの詳細がわからないので、いわゆる「ヴァレンタイン・デイ」とどこまで関係があるのかははっきりしないのですが、最初にヒットしたフランク・シナトラも、もっとも知られるであろうチェット・ベイカーもいずれもこの歌詞で歌っていますから、ジャズ・スタンダード曲としては、男女関係なく「ありのままのあなたが好き」という素直なラブソングとしてとらえるのがよろしいのではないでしょうか。

ヴォーカルでは54年にシナトラが発表した後、数年の間にチェット・ベイカー、リー・ワイリー、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエ、アニタ・オデイが録音していますが、これほど短期間に集中して録音がある曲は珍しいと思われます。ガッチリと人の心を掴む歌なのですね。インストでは57年にマイルス・デイヴィスが発表したヴァージョンがよく知られますが、マイルスはその後何度も録音し「看板曲」のひとつとなりました。

「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の名演収録アルバムと聴きどころ

(1)フランク・シナトラ『ソングス・フォー・ヤング・ラヴァーズ』(キャピトル)
フランク・シナトラ『ソングス・フォー・ヤング・ラヴァーズ』

フランク・シナトラ『ソングス・フォー・ヤング・ラヴァーズ』

演奏:フランク・シナトラ(ヴォーカル)、ネルソン・リドル(指揮)
録音:1953年11月5、6日

アルバムはタイトルどおり、ラブソング集なのですが、これがシナトラ初のコンセプト・アルバム。それまでは「アルバム」というのは「ヒット・シングルの寄せ集め」だったのです。これはその1曲目ということもあってか強烈に「ラブソング」をアピールしています。最後にテンポを落として「髪型は変えないで」なんて歌われると、やっぱりグッときてしまうのでしょうね、女性の方は。

(2)『チェット・ベイカー・シングス』(パシフィック・ジャズ)
『チェット・ベイカー・シングス』

『チェット・ベイカー・シングス』

演奏:チェット・ベイカー(ヴォーカル)、ラス・フリーマン(ピアノ)、カーソン・スミス(ベース)、ボブ・ニール(ドラムス)
録音:1954年2月15日

チェット・ベイカーはここではトランペットを吹かずにヴォーカルに専念。シナトラ版リリースの同月に録音。シナトラを聴いていたのかはわかりませんが、ダークで物憂げな雰囲気はまるで別の世界。愛情表現もいろいろということなんですね。チェットはこれ以降、唯一無二のヴォーカル・スタイリストとして高く評価されることになります。64年には、同じ音源にたっぷりとエコーをかけたステレオ・ヴァージョンもリリースされています。その妖しい魅力もまたいい感じ(同名別CD)。

(3)マイルス・デイヴィス『クッキン』(プレスティッジ)
マイルス・デイヴィス『クッキン』

マイルス・デイヴィス『クッキン』

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、レッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1956年10月26日

マイルス・デイヴィスは、この曲ではメンバーのジョン・コルトレーンのテナー・サックスを入れずに、ミュート・トランペットで切々とひとりテーマを奏でます。テーマの後のインテンポのソロ・パートはレッド・ガーランドに任せ、マイルスはテーマの「バラード」部分だけに集中します。マイルスはきっと心の中で歌詞を歌っているに違いないと思わせる、深い感情表現が心に染みます。マイルスはこの後何度もこの曲を録音しますが、この初演ヴァージョンに魅力が凝縮されています。

(4)ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』(ユナイテッドアーティスツ)
ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』

ビル・エヴァンス&ジム・ホール『アンダーカレント』

演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、ジム・ホール(ギター)
録音:1962年5月14日

エヴァンスは冒頭から原メロディを、同名異曲?と思わせるほど大きく改変して演奏します。もうそこからこの曲を「素材」にしていることがわかります。ここでの狙いは「相互作用(インタープレイ)」。原曲の「感情表現」はひとまず置いて(というかほとんど無視して)、原曲の枠組みだけを使い、相手の動きに瞬間瞬間で反応しながら演奏を進めていきます。とくに後半のエヴァンスのソロとホールのバッキングのスリリングなぶつかり合いは、まるで火花を散らしているかのよう。これが「マイ・ファニー」? ジャズは原曲をどんなに変えてもいいのです。

(5)スティング『マイ・ファニー・ヴァレンタイン〜アット・ザ・ムーヴィーズ 』(A&M)
スティング『アット・ザ・ムーヴィーズ 』

スティング『アット・ザ・ムーヴィーズ 』

演奏:スティング(ヴォーカル)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ジョン・パティトゥッチ(ベース)、スティーヴ・ジョーダン(ドラムス)
発表:2005年

「唯一の個性と表現力」がジャズの要件とするならば、スティングは最高のジャズ・ヴォーカリストのひとりといえます。ロック・シンガーにカテゴライズされるスティングですが、ジャズへの造詣は深く、じつはサントラで(おそらく好んで)多くのジャズ・スタンダードを歌っています。この「マイ・ファニー〜」は市川染五郎、宮沢りえ主演の2005年公開の日本映画『阿修羅城の瞳』で使われたもの。バックのハービー・ハンコックとともにじつに濃厚なジャズを聴かせてくれます。(同名CDでこの曲が未収録のヴァージョンもありますのでご注意ください。)

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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