東京・四谷にあるジャズ喫茶『いーぐる』が、今年(2017年)12月に開店50周年を迎える。
ジャズのレコードを鑑賞する喫茶店“ジャズ喫茶”は、日本だけの文化といえるもの。全盛期だった1970年代には都内だけでも数十軒はあったが、その後は漸減。中でも『いーぐる』のように「会話お断り」を貫き、ジャズ鑑賞に特化している店は、現在では絶滅危惧種といえる存在だ。
『いーぐる』は1967年(昭和42年)に開店。店主の後藤雅洋氏は当時、慶応大学の学生だった。1972年に現在の場所に移転して以来、店内の様子はオーディオセット以外は当時と変わらず、大音量でジャズを聴かせ続けてきた(現在は夜6時以降は会話OK)。
普通の喫茶店でも、ひとりのオーナーが50年もの間、営業を続けることは難しいが、ジャズ喫茶という特殊な形態にもかかわらず、現在も多くのファンに愛され続けている『いーぐる』は、まさに驚異としかいいようがない。いったいその理由はどこにあるのだろうか。
過日、50周年記念のパーティが開催され、後藤氏のスピーチを通してその理由の一端が披露された。
80年代後半からはジャズ評論家・執筆家としても活躍する後藤氏だが、意外なことに開店当時はジャズの専門知識には乏しかったそうだ。商売道具であるレコードもジャズ・マニアの友人やお客さんの意見を取り入れ、他店をリサーチしながら、独自のコレクションを少しずつ構築していったという。
「マニアがこうじて」ではないところが興味深いが、この出発点が「ジャズ喫茶=頑固オヤジ」とはひと味違う『いーぐる』らしさの原点になっているのだ。
もちろん後藤氏も頑固オヤジなのだが、頑固だけのオヤジではない。特筆すべきは、店内でかけるレコード・CDの選曲。その場の思いつきではなく、事前にみっちりと練られた、流れを考えた曲順になっているという。新譜も積極的にライブラリーに揃え、懐古趣味に陥ることなく、生きたジャズを紹介しつづけてきた。
つまりDJという言葉がない時代から、『いーぐる』は、いわば“DJ後藤”のステージだったというわけだ。同店に行ったことがある人ならおわかりだろうが、なかなか席を立てないのには、そういう秘密があったのだ。
同店の看板のひとつであるオーディオ・システムも、たんに高級機を導入するのではなく、スタイルも時代も違うさまざまなジャズ(つまり音質がまちまち)を、どれも偏りなくいい音で聴かせることを目指して日々チューニングしているという。だから長時間聴いていても疲れない。
また、ほぼ毎週土曜日に開催される「いーぐる連続講演」もジャズ喫茶としては、いや喫茶店でなくても珍しい試みだ。さまざまなジャンルの専門家を招いての、音楽を聴きながらの音楽講座なのだが、ジャズはもちろん、ロック、ラテンからクラシック音楽までと、とにかく幅が広い。しかもその回数は、なんと600回を超えている。オープンマインドな後藤氏は、つねに学ぶことを忘れないのだ。
「会話お断り」から想像される「頑固オヤジのマニア相手の店」かと思われがちだが、そこにはじつは深く考えられた柔軟な営業戦略があった。後藤氏が目指してきたものは、自分の趣味を客に押し付けることではなく、客に迎合することでもなく、自分が愛するジャズを広くかつ深く紹介していくこと。要するに『いーぐる』とは、ジャズ愛の共有の場なのだ。だからこそジャズ・マニアにも初心者にも、愛され続けてきたのだ。
記念パーティには100人を超える人がお祝いに集った。同業ジャズ喫茶の名物オーナーたちをはじめ、ジャズ評論家、レコード会社、放送・出版関係者、教育関係者、常連客、さらにミュージシャン、DJまで、50年の歴史と後藤氏の幅広い交友関係が表れた顔ぶれだった。
ちなみに後藤氏が『いーぐる』と並行して70年代初頭にロック喫茶『ディスクチャート』を経営していたことは知る人ぞ知る事実。同店ではのちにJ-Popを引っ張るミュージシャンたちがセッションを行ない、またかの「シュガーベイブ」誕生の場ともなった(メンバーの大貫妙子氏は当時従業員で、閉店後に山下達郎氏らとリハーサルを行っていた)という。そんな縁で、「シュガーベイブ」ゆかりのギタリストである徳武弘文氏、「はちみつぱい」の和田博己氏も駆けつけた。
2017年は、世界で最初のジャズ・レコードが発売されて100年の節目の年。『いーぐる』はジャズの歴史の半分をリアルタイムで広く紹介してきたことになる。だから後藤氏が語るジャズは特別なのだ。
【ジャズ喫茶いーぐる】
■住所:東京都新宿区四谷1-8
■電話:03-3357-9857
■営業時間:
平日 11:30~23:50
金曜 11:30~24:00
土曜 14:00~23:50
(朝日カルチャーセンター開講日に限り 15:30~23:50)
■日曜・祭日 休み
■Webサイト:
http://www.jazz-eagle.com/
ちなみに、現在後藤氏は隔週刊CDつきマガジン『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』(サライ責任編集、小学館)の監修・選曲・執筆を担当している。このシリーズは当初1年の予定で刊行されたのだが、大好評を受けて1年間の延長刊行中。後藤氏の解説に毎号多くのファンが目からウロコを落とし続けているのも、比類なき『いーぐる』50年の歴史があるからなのだ。
最新刊は第40号『ジャズ・ヴォーカル・クリスマスvol.2』。後藤氏が語れば、聴きなれたクリスマス・ソングにも誰もがきっと新しい発見をすることだろう。
※ エラ・フィッツジェラルド|圧倒的な歌唱力、抜群の安定感を聴かせる「女王」
※ フランク・シナトラ|歌をリアルに伝える圧倒的な表現力と技術
※ ルイ・アームストロング|ジャズの父、そしてジャズ・ヴォーカルの父
※ 若き美空ひばりJAZZを歌う!今なお輝き続ける「昭和ジャズ歌」の個性
※ ボサ・ノヴァ・ヴォーカル|ブラジル・リオで生まれ世界を癒した音楽の新しい波
※ ビリー・ホリデイ|強烈な人生体験から生まれた歌のリアリティ
※ エラ・フィッツジェラルド|エラの歴史はジャズ・ヴォーカル・ヒストリー
※ フランク・シナトラ|ジャズとポップスを繫ぐトップ・スター
※ グループ・ジャズ・ヴォーカル|官能的な極上のハーモニー!
※ クリスマスのBGMに最適!聖夜を彩るジャズ・ヴォーカル・クリスマス
※ 昭和のジャズ・ヴォーカル|世界に飛び出した日本のジャズの歌姫たち
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※ ジューン・クリスティ|ドライでクールな独創のハスキー・ヴォイス
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※ メル・トーメ|他の追随を許さないジャジーなヴォーカリスト
いーぐる後藤雅洋氏監修の隔週刊CDつきマガジン 「JAZZ VOCAL COLLECTION(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)」詳細は下記公式サイトをご覧ください。
https://www.shogakukan.co.jp/pr/jazz3/