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【明治の鉄道 廃線跡を歩く】篠ノ井線旧線|安曇野から峠にむかう落ち葉の廃線敷を歩く

文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)

2018年は明治元年(1868)から数えてちょうど150年。この44年間続いた明治時代に、日本の風景を最も変えたのは鉄道だった。

積極的に建設された鉄道は、明治末には官設鉄道だけでも約4800kmに達していた。大規模な土木機械もない当時、線路は山越えになると地形に従うように谷をさかのぼり、川に橋をかけ、ほとんど人力だけで建設されていった。

戦後になって、そんな古びた曲線だらけのルートは放棄され、長大トンネルで一気に峠を突破していくことになった。そして残された旧い線路は、ほとんどが利用されることなく、生い茂る草や樹木の中に覆われていった。

しかし、最近になってそんな明治時代の廃線跡が近代化遺産として評価され、ハイキングコースとして整備されるところがでてきた。そのひとつ、長野県の篠ノ井線旧線を歩いてみた。

明科駅

廃線跡探訪にいい季節は、11月から雪が降るまでの間だ。足元の草は枯れ、木々は落葉して山林の見通しもよくなり、そして何より不愉快な害虫もいなくなり、快適なトレッキングができるからだ。

この篠ノ井線の開通は1902(明治35)年のこと、松本と長野を隔てる冠着(かむりき)峠を超える山岳路線だった。この開通で、それ以前は徒歩で1泊2日かかった松本~長野間が2時間35分(当時)で結ばれることになったのだ。そして1988(昭和63)年には難所だった明科(あかしな)~西条(にしじょう)間約9㎞が3本の長大トンネルの新路線に変更される。

そして放棄された旧路線のうち、明科側の約6kmが遊歩道になっているのだ。

*  *  *

晩秋の1日、篠ノ井線の明科駅から旧路線を歩き始めた。近年、外観をリノベーションした明科駅だが、じつは明治時代の駅舎を使い続けている。待合室にはかつての駅名看板が飾られていた。

駅前の『廃線敷遊歩道』の看板に沿って小道を行くと、すぐに会田川を堂々としたコンクリート橋で渡る篠ノ井線が見えてくる。すでに新線になっているところだ。

篠ノ井線

その篠ノ井線の橋をくぐって潮神明宮という神社の前に出る、ここが廃線敷のスタート地点。駐車場や快適なトイレも整備された廃線歩きの起点といっていいだろう。

廃線跡の始まり

山すそに廃線跡がゆるやかなカーブを描いて伸びている。その両脇にはコンクリートの架線柱が並んでいた、住宅街を見おろす築堤になった廃線敷からは「常念岳がよく見えるんだけど」と地元の人が教えてくれた。

残念ながら今日は雲がかかっているが、わずかに雪の鹿島槍ヶ岳が望遠できた。

鹿島槍ヶ岳

常念岳方面

いよいよここから三五山(さごやま)トンネルに入る。総レンガ造りのトンネルは全長125m,ゆるやかに右カーブするトンネルのおびただしいレンガは、建設当時に地元明科で焼かれたものだという。

勾配標識

三五山トンネル

三五山トンネル内部

トンネルを抜けると潮沢川に沿った渓谷を遡っていく。25パーミル(1000mで25mのぼる)の勾配標識が残っていた。かつては蒸気機関車が黒鉛を吐きながら登っていた勾配も、廃線敷歩きには快適な遊歩道だ。

短い間隔で建てられている架線柱を目印に歩くと、『けやきの森自然公園』という、その名のとおりのけやきの森に出た。

けやきの森自然公園

黄色くなった樹間に伸びる廃線敷、足元には落葉がつもり、まるで布団の上を歩くようだ。ここには約3万本のけやきが植えられているという。

ふりかえると遠くに北アルプスの一端が見えるところだ。今日は曇りがちだけど。

踏切跡やマレットゴルフ場があるけやきの森をすぎると、ふたたび総レンガ造りの漆久保(うるしくぼ)トンネルがある。こちらは全長35mと短いが、天井には蒸気機関車時代のススが黒く残っていた。

漆久保トンネル

漆久保トンネルのスス

また真上には善光寺街道という古道がとおり、道祖神のように木曽御嶽を開いた普寛・寛明の像が立っていた。このうち普寛の鼻が欠けているのは、篠ノ井線建設時、測量の妨げになったので叩き落されたと伝えられている。

普寛像、鼻がない

そして篠ノ井線旧線最大の難所がこの先に待っていた。

右手から山が迫りコンクリート・アーチの擁壁がリズミカルに続いている、すると廃線敷を林道が斜めにクロスするように横切っていた。この場所こそが列車交換のために設置されたスイッチバック式の潮沢信号所跡だ。

かつて坂を登る列車は直進し、下る列車がスイチバック側線に入って退避していた。よくみると周囲の斜面もコンクリートで覆われ、一帯の地盤の悪さを伝えている。この軟弱地盤と線路形状の悪さが問題になって新路線建設に繋がったのだ。

潮沢信号所跡

潮沢信号所から約1.2kmで篠ノ井線旧線歩きの終着、旧第2白坂トンネルだ。整備されていた廃線敷もここで終わり、生い茂った藪の先に鉄板で塞がれた旧第二白坂トンネルが顔をのぞかせていた。

旧第2白坂トンネル

この明治時代に建設された全長2084mの長大トンネルは廃線後、地元のシイタケ栽培などに使われているという。

*  *  *

以上、今回は明科駅から旧第2白坂トンネルまで約2時間30分の明治の廃線跡歩きをご紹介した。明科駅から終点までタクシーでも2000円ほどなので、逆コースで歩いても楽しいだろう。

【ルートデータ】
JR明科駅(1.2km)潮神明宮(0.5km)三五山トンネル(1.8km)けやきの森自然公園(0.6km)漆久保トンネル(0.7km)潮沢信号所(0.7km)旧第二白坂トンネル
※三五山トンネル内通行可能時刻は8~17時(夏季は7~19時)

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』『廃線駅舎を歩く』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。


『廃線駅舎を歩く』
(杉﨑行恭著、定価1500円+税、交通新聞社)
http://shop.kotsu.co.jp/shopdetail/000000002109/

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