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第40号「ジャズ・ヴォーカル・クリスマスvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

クリスマス・ソングを聴くと、もう古希を迎えた私でさえ、なんとなくワクワクしてくるのはいったいどうしたわけでしょう。今さらクリスマス・ケーキが食べたいわけでもなく、ようやく息子にはクリスマス・プレゼントを買ってやる必要もなくなったと思いきや、今度は孫になにを買うか算段する身になってもなお、「ジングル・ベル」のメロディを聴くと、ひそかに心が弾むのですね。

キリスト教徒である欧米人が、キリストの誕生日とされるクリスマスに特別の感情を抱くのはよくわかります。しかし「無宗教」というか初詣に神社に行き、結婚式は教会で挙げ、そして葬式にはお坊さんを呼ぶという(私は全項目当てはまります)、欧米人が聞いたら腰を抜かしそうになるアナーキーな私たち日本人が、さほどイエス様に感情移入しているとは思えません(それでも結婚式を挙げてくれた神父さんに義理立てし、聖書だけはちゃんと読みました)。

してみると答えはひとつ、音楽そのもののせいなのです。それも、私自身を含め、歌詞から状況が実感できるほど英語に堪能でない私たち音楽ファンがぐっとくるのは、まずはメロディ。しかしもちろんそればかりではありません。というか、ここからが今回の特集の要点なのですが、ジャズ・ヴォーカリストが歌うクリスマス・ソングだからこその心のときめきなのです。面白いことに、何気なく楽しめるクリスマス・ソングだからこそ、「ジャズ・ヴォーカルとして」の聴きどころが際立つのです。その理由をひとつずつ説明していきましょう。

■人それぞれの“濃さ”

まずは、「ジャズ・ヴォーカルとは?」という入り口から。私たちが聴き馴染んだポップスとジャズ・ヴォーカルの違いです。

率直に言って、「ここが境目だ」というような明確なラインは引けません。そのわけは、「歌」の歴史は「ジャズの歴史」よりはるかに古いからです。せいぜいが1世紀ほどのジャズの歴史に対し、歌は人類誕生以来とまでは言い切れませんが、人々が「言葉」を得た直後から、それこそ「鼻歌」の延長上の「メロディ付きのつぶやき」はあったのではないでしょうか?

その歌の中に「ジャズ的要素」が入り込み、一定以上の「濃度」となったものを「ジャズ・ヴォーカル」と私たちは称しているのです。ですから水割りウィスキーにもいろんな濃さがあるように、ポップスなど一般歌謡とジャズの境目は「灰色」なのですね。

とはいえ、水とウィスキーは明確に違うように、ポップスとジャズ・ヴォーカルそれぞれの「定義」めいたものはあるのです。

ポップスの聴きどころは一にも二にもキャッチーなメロディ・ラインでしょう。あのビートルズがブレイクしたのも、「抱きしめたい」や「ア・ハード・デイズ・ナイト」といった、当時としてはきわめて斬新で人々の心を摑む旋律があったからこそなのですね。

もちろんビートルズの面々は歌い手としての実力とファンの心を捉えるキャラクターの持ち主ではありましたが、やはりきわめて斬新な「新曲」の力があったからこそ、歌手として好調なスタートを切ることができたのです。これはビートルズの誕生を体感してきた世代の、動かぬ実感です。

他方ジャズ・ヴォーカリストは、ヒット曲に恵まれてのスタートはあったとしても、歌い手としての個性が確立できなければ、名声を保つことは難しいのです。

こうした状況を眺めてみれば、わりあい両者の分水嶺はわかりやすいのではないでしょうか。ポップス、歌謡曲などの歌い手は、魅力的な楽曲の存在と、その聴かせどころをうまく生かすことが大事。

他方、ジャズ系の歌い手にとって、楽曲は自己表現の一手段で、それを使っての個性の発揮こそが目的なのです。もちろん楽曲の魅力と個性の発揮は相反する要素ではないので、両者のバランスの取り加減が、ポピュラー・シンガーとジャズ・ヴォーカリストの境目となり、その境目には「灰色ゾーン」が広がっているのですね。

要するに、ジャズ・ヴォーカリストは、楽曲を素材として自分自身の個性的魅力をいかに発揮できるかが勝負なのです。だからこそ、“ティン・パン・アレー”のミュージカル・ソングが多くの歌手たちに歌い継がれ、「スタンダード」になったりもするのです。

そのジャズ・ヴォーカリストがスタンダード楽曲を歌うことの意味は、多くのヴォーカリストが歌っているからこそ、それら他の歌い手たちとの「違い」、つまり独自の個性が見えやすいのです。同じ失恋の歌でも、さりげなく歌うか、未練たっぷりに歌うかで、キャラクターの違いを浮き彫りにすることができるのですね。

■“クリスマス”の難しさ

そこでクリスマス・ソングです。クリスマス・ソングはミュージカルや映画の主題歌以上に多くの人々によって歌い継がれてきた、いわば「スーパー・スタンダード楽曲」なのです。

じつをいうと、これはジャズ・ヴォーカリストにとってははなはだ扱いが難しい題材なのです。「枯葉」や「朝日のようにさわやかに」などのふつうのスタンダードは、「多くの人がメロディを知っている」というメリットを踏まえ、それをいかに料理するかという、ジャズ・ヴォーカリストならではの腕の見せどころが用意されていますが、スーパー・スタンダードは「調理」を嫌うのですね。

その理由は、「ジングル・ベル」や「きよしこの夜」のような典型的クリスマス・ソングには、確固たるイメージが人々の間にできあがっており、加えて、楽曲の「目的」という言い方は大げさですが、「狙いの方向」はわりあいシンプルで明快なのですね。イエスの誕生を称えたり、「特別の日」を楽しく、あるいは厳粛に祝うという歌詞が大半であることでも、それはわかると思います。これは誰が歌ってもそれなりに「様になる」代わりに、クリスマス・ソングを個性的に歌うことを難しくしているのです。

こうしたことを頭に入れて今回本書に収録したジャズ・ヴォーカリストたちのクリスマス・ソングを聴くと、それぞれの歌い手たちが、クリスマス・ソングならではの特別の意味合い・感情をしっかりと私たちに伝えつつ、それと同時に、自分自身の個性的魅力も充分に発揮していることに驚かれることでしょう。まさにこの人たちは「ジャズ・ヴォーカリスト」なのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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