■ピアニストから作曲家へ

ジョージ・ガーシュウィン、本名ジェイコブ・ガーショヴィッツは1898年(明治31年)にニューヨークのブルックリンに生まれました。ブルックリンは、ニューヨークの中心地、マンハッタン島からイースト・リヴァーを渡った東側の地域を指します。

ジョージの父のモリスは、1891年にロシア西部、バルト海に面した大都市サンクト・ペテルブルク(旧ソ連時代はレニングラード)からやって来た、ユダヤ系移民です。

アメリカでは、白人たちの間でも移民してきた順序や宗教上の理由で微妙な差別があり、そうしたことも手伝ってジャズを含む音楽畑にはユダヤ系が際立っています。ですから、「ジャズは黒人とユダヤ人が作った音楽だ」などと極論を展開する方もいますが、あながち間違ってもいないように思えます。

実際「ティン・パン系作曲家」では、やはりロシアからの移民である大作曲家アーヴィング・バーリンはじめ、きわめて大勢のユダヤ人作曲家の名を挙げることができます。というか、この分野の非ユダヤ系有名作曲家といえば、コール・ポーターら数えるほどしかいないのが実情なのです。

貧しい中、音楽好きだったガーシュウィンの父は、ジョージの兄アイラのためにピアノを買い与えました。しかし文学に関心のあったアイラはあまり練習熱心ではなく、父の血を引いたのか、やはり音楽好きだったまだ12歳の弟ジョージがレッスンを続けることとなりました。

2歳年上のアイラは、成人するとコロンビア大学で文学を学びますが、のちにジョージと組んで作詞も行なうようになり、アイラ、ジョージのガーシュウィン兄弟の作品もたくさん作られました。

ジョージは14歳になるときちんとした音楽家に師事するようになり、15歳にはプロを目指しハイスクールを中退してティン・パン・アレーにあるリミックス音楽出版社に楽譜の見本演奏をするピアニストとして入ることとなりました。そしてすでにデビューしていた、同じくティン・パン系先輩作曲家、アーヴィング・バーリンやジェローム・カーンの研究を続け、1916年に「ホエン・ユー・ウォンテム・ユー・キャント・ゲッテム(When You Want’em, You Can’t Get’em, When You’ve Got’em, You Don’t Want’em)」を作曲し、ショーのための作品を作り始めます。

17年、こうしたジョージの才能を高く評価したスポンサーが現れました。ハームス出版社の社長に認められ、作曲に専念できる立場となったのです。そして第1次世界大戦が終わった翌年、19年にフォスターの名曲「スワニー河(故郷の人々)」に刺激された作品「スワニー」を作曲したのですが、発表当初はあまり人気を得ることはできませんでした。しかし、たまたまこの曲を聴いた当時の人気歌手、アル・ジョルスンが大いに気に入り、自ら出演していたショー『シンバッド』で歌ったところ、大評判となったのです。これをきっかけとして、ガーシュウィンは一躍ティン・パン・アレーのスター作曲家となったのでした。

24年、そのころ絶大な人気を博していた白人バンド、ポール・ホワイトマン楽団は、ニューヨークのコンサート・ホールでガーシュウィン作曲による「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏し、大成功を収めます。これは最初のフル・オーケストラによるジャズの演奏でした。

演奏会当日は、ストラヴィンスキー、ストコフスキー、ラフマニノフ、ハイフェッツといった錚々たるクラシック畑の人士が観客として訪れ、ガーシュウィンの音楽界における名声はいちだんと高いものとなったのです。

■二流のラヴェルになるな

その後も、1928年には渡欧した体験をもとに管弦楽作品「パリのアメリカ人」を発表するなど、精力的な創作活動を続けましたが、ガーシュウィンはほとんど独学でクラシックのオーケストレーション法を身につけたのでした。

ガーシュウィン自身はより高度の音楽理論を学ぼうと、モーリス・ラヴェルにクラシック作曲の教えを請おうとしましたが、ラヴェルは「あなたはすでに一流の音楽家なのだから、なにも二流のラヴェルになることもないでしょう」と断わったということです。

そして35年にフォーク・オペラ『ポーギーとベス』を発表しますが、当初はあまり高い評価を得ることはできませんでした。しかしのちに、ジャズとクラシックの融合を試みた作曲家、ガンサー・シュラーが再評価したことをきっかけに見直しの気運が高まり、トランペッターのマイルス・デイヴィスはじめ多くのミュージシャンが『ポーギーとベス』の挿入曲を採り上げる「スタンダードの宝庫」となったのです。

今号の付属CDでも、「サマータイム」「アイ・ラヴ・ユー・ポーギー」そして「イット・エイント・ネセサリリー・ソー」など、『ポーギーとベス』からの楽曲を収録しています。

ガーシュウィンは30年代に入るとハリウッドの仕事にも手を染めます。というのもトーキーが発達し、「映画音楽」の需要が増してきたからです。その結果、音楽産業の中心が東部ニューヨークのブロードウェイから、西部ロサンゼルスのハリウッドへとしだいに移行していくこととなりました。

しかしまさに絶好調の最中、ガーシュウィンはわずか38歳でこの世を去ってしまいます(1937年)。死因は脳腫瘍だそうです。

■可能性を秘めた楽曲

最後にジョージ・ガーシュウィンの魅力について考えてみましょう。

彼は他のティン・パン系作曲家と違い、クラシック音楽でも成功した作曲家でした。クラシック音楽の特徴を簡単に説明するのは大変ですが、ひとついえるのは「歴史の積み重ね」ということでしょうね。つまり、何百年もの間に多くの作曲家、聴衆たちによって積み重ねられてきた「美しい音の連なり・響きの歴史」が、クラシック音楽の財産なのです。

これを別の言葉に置き換えると、多くの人々の感受性によって鍛え上げられた「自然な美しさ」といえるでしょう。ガーシュウィンはそれを、ほぼ独学で身につけているのです。彼の書く楽曲のメロディはどれもじつに自然に流れていき、引っかかったり言いよどんだりすることがありません。

ガーシュウィンはジャズが大好きでした。また、黒人たちの生活を描いた『ポーギーとベス』を作ったことでもわかるように、黒人文化にも深い関心を抱いていたのです。ジャズ好きで、自然な美しさをもったメロディ・響きを生み出せる作曲家がジョージ・ガーシュウィンなのです。

「自然さ」は「偏りのなさ」に通じ、それは「多様性」へと道を開きます。というのも、「極端に個性的な美しさ」をもった楽曲はそれ自体で完結しており、他人が何か付け加える余地が乏しいのですね。つまりガーシュウィンの楽曲は多くのミュージシャンの多様な解釈を許容する可能性を秘めているのです。これはまさに「ジャズ向きな音楽」といえるでしょう。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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