江戸時代中期、吉原の町に生まれ、出版という機構ひとつで時代を変えた男がいた。東に評判の看板娘がいれば行ってアイドルへと仕立て、西に画技持つ役者があれば訪ねて大首絵を描かせ、のちに綺羅星となる才を拾い集めて磨き上げ、弾圧にもくじけず、江戸の町につねに新たな流行を生み出し続けた。── 蔦屋重三郎。その息吹と仕事は今も生きている。

喜多川歌麿『吉原の桜』

大店と行き交う群像を描く。寛政3〜4年(1791〜92)。ワズワース・アセーニアム美術館蔵 (C) Wadsworth Atheneum Museum of Art, Hartford, CT / The Ella Gallup Sumner and Mary Catlin Sumner Collection Fund. 1957.17 / Photo (C)Allen Phillips / Wadsworth Atheneum

貸本屋を営んでいた蔦屋重三郎が、最初期に出版したのが「吉原細見」である。「細見」とは有名処などを細かく案内した摺物を指す。「吉原細見」とはどのような本であったのか、棚橋正博さんに聞いた。

「今でいう町歩きガイドで、定期的に刊行され、情報を刷新。細見を開くと、客を案内する引手茶屋から、遊女屋や遊女の名と料金がランク付けされ、出入りの芸者までも記載されていました」

吉原への入口、大門の前には茶屋や蔦重の本屋などが並び、門をくぐると客を遊女屋へ紹介する引手茶屋が軒を連ねる。通りを挟んだ両側の店を一度に見せることで一覧性を高めた。

一冊あれば、遊びに出かけた吉原で困らない「タウン情報誌」である。吉原で生まれ、吉原大門前に店を構えていた蔦重は妓楼内の事情に通じ、取材記者としても優秀な働きをしたに違いない。

誌面のレイアウトも、通りを挟んで茶屋や遊女屋を記載し、まるで現在の住宅地図のような体裁である。これを片手に歩けば目的の店も探しやすく、蔦重の「吉原細見」は評判となり、江戸の出版界で活躍する足がかりとなった。

遊女のランクと揚代(代金)が記される。その下に記されるのは吉原の年中行事の一覧。節句などの紋日(行事日)は揚代が特別料金になるのでここは見逃せない。
最も重要な店(見世)の情報ページ。遊女屋とそこに所属する遊女の名が連なり、店と遊女の名のうえに付けられた山形記号と符号により、揚代がわかる仕組み。所属する遊女の動向も版を改めるごとに更新されていった。

有名人に序文を書かせた

「吉原細見は正月と秋頃、年に2回発行され、そのたびに遊女の動向などを最新情報に更新していました。正月版を出し、その後変更があれば秋版で手直しするスタイルです」(棚橋さん)

見やすく、最新の情報が満載されている情報誌を、蔦重は巧みな手腕により出現させた。それは新たな読者を掘り起こし、吉原における細見の出版を独占するに至る。「吉原細見」には、平賀源内や十返舎一九などが序文を寄せていた。細かな情報に加え有名人に序文を書かせることで、さらに媒体としての信頼度を高めたのである。

最後の奥付には版元、発行人、所在地が記される。その左に蔦重が経営する「耕書堂」で扱う刊行物の目録があり、書籍広告の役目も担わせた。今の出版物に通じる体裁ができていた。

解説 棚橋正博さん(近世文学研究者・77歳)

昭和22年、秋田県生まれ。早稲田大学大学院修了。文学博士。帝京大学元教授。大河ドラマ『べらぼう』の時代考証を担当。著書に『山東京伝の黄表紙を読む』など多数。

取材・文/宇野正樹 撮影/五十嵐美弥 資料所蔵/棚橋正博

※この記事は『サライ』本誌2025年2月号より転載しました。

サライ2025年2月号は大特集『蔦屋重三郎が生んだ「出版文化」』

 

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