雁を仕留めて喜んだはずが……佐野政言を演じる矢本悠馬さん。(C)NHK

ライターI(以下I):当欄は、2020年の『麒麟がくる』から連載を始めていますが、チーフ以外の演出担当がインタビューで登場したことはありません。今回取材会にやってきたのは、大嶋慧介さん。2010年入局で、初任地は福島放送局。東日本大震災は2011年3月ですから、入局早々に大震災の取材を担当することになったそうです。

編集者A(以下A):一生記憶に刻まれる取材体験になったことと思われます。その後、東京に戻り、2018年の大河ドラマ『西郷どん』の演出を担当した後に『探偵ロマンス』(NHK大阪放送局/2023年1月)、『パーセント』(2024年5月)といった現代ドラマを担当し、大阪放送局から東京に異動になるタイミングで、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)に携わることになったそうです。これまでの大河ドラマで印象に残っているのは『龍馬伝』(2010年)だそうです。

I:なぜ、このタイミングで大嶋さんの取材会なのかというと、第27回の演出を担当しているからです。

A:はい。第27回では、吉原の花魁誰袖(演・福原遥)を身請けしようと試みる田沼意知(演・宮沢氷魚)が佐野政言(演・矢本悠馬)に斬りつけられる瞬間までが描かれました。大嶋さんは、まず、この衝撃の場面の舞台裏について語ってくれました。

宮沢氷魚さんと矢本悠馬さんの稽古には立ち会いました。一連のシーン全体、最後に切りかかるところまでは僕も一緒に立ち会って、稽古も一緒に見ました。基本的には殺陣師の方と第28回の演出担当、役者さんとで、どういうお芝居にしていくか決めます。僕は直接担当の回ではなかったのですが、意見を求められることもありました。意知はここで佐野を見た方がいいのか、それとも背を向けて逃げた方がいいのか、どちらがこの場では意知らしいのかといったことを話し合ったりしました。

佐野政言の心情の変化

気の毒な佐野親子。(C)NHK

A:そもそも、もともと佐野政言は、意知には好意的だったわけですが、大嶋さんが佐野が意知に斬りかかるまでの心境の変化についても語ってくれました。

佐野の心情の変化が一番難しかったところです。佐野が、なぜあそこで刀を抜いたのかというのが一番大きな課題でした。そこは矢本さんと、どうしようかとか、お芝居の積み上げ方はかなり相談しましたね。やはり、ただの人殺しのように見せたくはなかったですし、これがあったから殺した、というようにわかりやすくしたくもなかったんですね。だからといって、突発的にことを起こしてしまった、狂人である、といった風にもしたくなかった。あくまで、ひとりの人間がそうしてしまったんだな、という風に見えるようにしたかったですし、できるだけ、なんでだろう、というのが少し残った状態にしておきたかったです。

矢本さんも本当にいろいろと考えて下さって。僕から、こういう風にしてはどうでしょうか、と提案すると、矢本さん、本当にすごくて、わかりました! とおっしゃって、やってしまわれるんですね。ご本人はいろいろと考えて緊張しながらされていたのかもしれませんが、始まったらもうすばらしくて、僕はただお芝居に見入っていました。矢本さんはその瞬間、瞬間の佐野を見事に演じて下さっていました。すごいなと思いました。

I:意知役の宮沢氷魚さんと演技についてお話された際のことにも触れてくれました。

宮沢さんともかなり密に話し合いました。最初に佐野に役を与える時はどういった気持ちだっただろうとか、どれくらいの申し訳なさだろうとか。だからといってそんなにへりくだっているわけでもなく、その辺りの匙加減ですね。すごく優秀な官僚の部分と、人としての部分の、どちらかにすごく偏っているようなキャラクターでもないと僕は思っていて。宮沢さんが今までずっと、他の演出担当と作り上げてきた意知像がありますが、個人的には見たことのない意知の表情なんかも見せたいなと思っていました。人間らしい部分も見せたいなと。佐野に対してですとか、父上(意次/演・渡辺謙)に対してですとか。冷静で頭の回転が速く、プリンスのような人物ですが、人間的な面が出るようにしたいなと思いました。

A:本編でも触れましたが、意知への怒りを高める過程で、佐野政言に讒言する男が幾度となく現れました。佐野政言が、将軍家治(演・眞島秀和)の狩りに随伴して、獲物を仕留めます。その獲物が見当たらず、意知が案じて一緒に探したものの、獲物は結局出てこなかった。ところが後日、屋敷にある武士がやって来て「ご覧に入れたいものが」といって佐野が放った矢が刺さった獲物の鳥を持って訪ねてくる。実は、この男、かつて平賀源内(演・安田顕)が「人を刺してしまった」際に、眠り込んでいる源内の家にいて人を斬り、源内に罪をなすりつけた丈右衛門と名乗る人物と同一人物だったことにお気づきでしょうか。クレジットには「丈右衛門だった男」(演・矢野聖人)とあります。

I:なんと! 源内を死に追いやった男が佐野政言をたぶらかすために姿を現すとは!

丈衛門ではなく「丈衛門だった男」。次ページに続きます

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