ガーシュウィンの楽曲がジャズで愛されてきた理由とは【ジャズ・ヴォーカル・コレクション44】

文/後藤雅洋

ジャズに名曲なし?

昔、有名なジャズ評論家の野川香文(1904~57)という人が、「ジャズに名演あって名曲なし」というじつにキャッチーな惹句を唱え、多くのジャズ・ファンがそれについてあれこれ意見を述べたものです。しかし本「ジャズ・ヴォーカル・コレクション」シリーズでは、これまでコール・ポーターやアントニオ・カルロス・ジョビンといった優れた作曲家の特集をお届けしており、今回のジョージ・ガーシュウィンに至っては2回目の登場です。野川さんの言い分が全面的に正しければ、ジャズにおける「名作曲家シリーズ」という発想自体がナンセンスともなりかねません。

というわけで、今回はこの有名なキャッチ・コピーをとっかかりとして、ジャズと楽曲~作曲家の関係についてお話ししてみようと思います。

この記事は、ジャズ・ヴォーカル・コレクション第44号「ガーシュウィン・セレクション vol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)からの転載です。

結論から言えば、野川さんの言い分は、ある面では正しいのです。野川さんが活躍した時代の音楽ファンは、現代のように広範なジャズに対する知識はもっていませんでした。ですから、当時の評論家はどうしても必要以上に「啓蒙的」にふるまわざるざるを得なかったのです。

若いころの私を含め、当時(1960年ごろ)はジャズをそれまで流行っていたタンゴや、そのころ流行り始めたロックンロールと同じようなひとつの音楽ジャンルと見ていたのです。そしてタンゴにしてもロックンロールにしても、必ず「名曲」と呼ばれたものがあるのですね。タンゴなら「ラ・クンパルシータ」、ロックンロールなら映画『暴力教室』の主題歌ともなった「ロック・アラウンド・ザ・クロック」といった、世界的にヒットした「名曲」があったのです。

そこで当時のジャズ・ファンもまた、「ジャズの名曲」という発想をもってしまったのはやむを得ないでしょう。しかしそこで名トランぺッター、マイルス・デイヴィスの「枯葉」に感激したファンが、「『枯葉』はジャズの名曲だよね」と言ったとしたら、ちょっとおかしなことになってしまうのです。ご存じのように「枯葉」は元来シャンソンですから、「ジャズの曲」というには少々無理があるのですね。

このあたりの釈然としない気分に対して「ジャズの名曲なんてものはないんだよ。演奏のやり方次第でシャンソンだって立派なジャズになるんだよ」と、野川さんは言いたかったのでしょう。

また、ポーターやジョビン、そしてガーシュウィンにしても、彼らを「ジャズ作曲家」として捉えてしまうと、これもいささかピントがずれてしまいます。なにより、ポーターはミュージカルや映画のために、ガーシュウィンはそれに加えてクラシック作品も作っています。そしてジョビンの楽曲は、ボサ・ノヴァに代表される幅広いブラジル音楽ですよね。

彼らは必ずしも「ジャズ用の楽曲」を作った作曲家ではありません。

ミュージカルは“汎用型”

それではジャズのために書かれた楽曲とはどういうものでしょうか? いちばん有名なのはピアニスト、セロニアス・モンクが作曲した「ラウンド・ミッドナイト」(第21号「ジューン・クリスティ」収録)ですね。また、やはりピアニストでバンド・リーダーでもあったデューク・エリントン作の「スイングがなければ意味がない」(第17号「ヘレン・メリル」第21号「ジューン・クリスティ」に収録)などもそうです。モンクもエリントンもジャズマンですから、彼らの作曲した楽曲が「ジャズ用」であるのは当然ですよね。

ではどうしてガーシュウィンのような(ジャズマンではない)作曲家を採り上げるのでしょうか。それはなにより、彼らがスタンダードと呼ばれるようになった「定番曲」をたくさん作っているからです。

念のため「スタンダード・ナンバー」の意味をもう一度おさらいしておきましょう。スタンダードは要するに「定番曲」のことで、多くのミュージシャンたちによってくり返し採り上げられることによって、「定番化」するのですね。

先ほど挙げた「ラウンド・ミッドナイト」や「スイングがなければ意味がない」は、名曲であると同時に代表的なスタンダード・ナンバーですが、じつをいうと、こうした“ジャズマン・スタンダード”とも呼ばれた楽曲はさほど多いとは言えません。おそらくは「自分向け」に作った楽曲だけに、「汎用性において」ガーシュウィンやポーターが書いた「ミュージカル・ナンバー」にかなわないのかもしれません。正確に勘定したわけではありませんが、本シリーズの収録曲でも、やはり圧倒的に少数派です。

ここで問題が生じます。ガーシュウィンらの“ティン・パン・アレー系”スタンダード=名曲と言えるのか? という素朴な疑問です。ふつうに考えれば、特定の楽曲がくり返し採り上げられるのは、その曲が名曲だからだろうという推測が成り立ちますよね。こうした結論は半ば当たっているとも言えますが、けっこう微妙です。というのも、ミュージシャンが楽曲を選ぶ基準は幾通りかあるからです。

まずは、名曲だからファンも喜ぶだろうというシンプルな動機ですよね。そして問題なのは、個性を発揮しやすい楽曲を選ぶという発想です。この、ジャズ・ミュージシャンならではの考え方はけっこう複雑で、陽気さを売りにしているヴォーカリストが明るい曲想を選ぶというようなわかりやすい側面と、多くの歌手が歌っている楽曲を「課題曲」とみなし、それに挑戦することで「独自性」を発揮しようという動機です。

こうしてみると、スタンダード化する楽曲は名曲に違いはないのですが、それと同じぐらい「個性が発揮しやすい楽曲」という要素も無視できないのです。このことを別の面から眺めると、ポップスにおける「カヴァー」とのありようの違いが浮かび上がってきます。カヴァーはスタンダードと似た使い方がされますが、こちらは他人の「歌った曲」を歌うことをいいます。

だいたいにおいてポップスは歌い手を想定して作曲する、いわゆる「あて書き」なので、最初から曲想、音程が歌い手さんの個性が発揮しやすいように作られているものなのです。ですからポップス名曲は他人が歌うのはけっこう大変で、だからこそ興味深い「特例として」カヴァーという言い方が生まれるのですね。

他方、スタンダードはミュージカル、映画のために書かれた作品が大半で、その場合、必ずしも作曲家の意図どおりに配役が望めるというわけでもなく、「あて書き」はポップスなどとは比べものにならないほど少ないと言っていいのです。そしてそのことが「汎用性」に通じ、結果として多くのヴォーカリストが採り上げ、スタンダード化するというわけなのです。

明快軽快ガーシュウィン

さて、いよいよ結論です。ジャズの名曲とは、ふつうの意味での「いい曲」ということに加え、異なった資質の持ち主であるミュージシャンたちが、それぞれの個性を発揮しやすい楽曲、という要素をも含んでいるのです。そしてその条件に当てはまるのが、ジョージ・ガーシュウィンであり、コール・ポーターなのでした。

とはいえ、もちろんガーシュウィン、ポーターならではの楽曲の特徴があるのは言うまでもありません。彼らの楽曲が「没個性的」であったから汎用性を獲得したわけではまったくありません。そうではなくて、この人たちが偉大なのは、ガーシュウィン色、ポーターのカラーを備えつつ、その中で多様なミュージシャンたちの個性表現を許容する、楽曲としての「懐の深さ」をもっているからなのです。

それでは、ガーシュウィンの楽曲の特徴と思われるものを列挙してみましょう。

まずは「明るさ」ですね、「明快」という言い方もできるでしょう。そして「軽快」。もう少し言葉を加えれば、朗らかで健康的、かつ軽快な曲想がガーシュウィンは多いのです。今回の収録曲でいえば、冒頭に収録したエラ・フィッツジェラルドが歌う「オー・レディ・ビー・グッド」などが典型ですね。明るく勢いがよく軽快です。

もしかするとガーシュウィンだけではピンとこないかもしれないので、コール・ポーターの特徴と比べてみましょうか(第32号「コール・ポーター・セレクション」参照)。いちばんわかりやすいのは、ポーター楽曲は単純に明るいだけの楽曲は少なく、必ずといっていいほど明るさの中にも「翳り」の表情がうかがえるのです。同じエラが歌うポーターの代表的名曲「ビギン・ザ・ビギン」(第2号「エラ・フィッツジェラルドvol.1」収録)を聴いてみましょう。明るい曲想の端々に哀愁を帯びたマイナー・メロディの片鱗が登場するのですね。

もちろんガーシュウィンだって単純に明るいだけではなく、陰影感の表現だって得意です。今回の収録楽曲でいえば、ナンシー・ウィルソンが歌う「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」のように、情感たっぷりな楽曲もあるのです。しかしこの楽曲も全体としてみると「しみじみ感」といいましょうか、最終的に聴き手の心に、ほのぼのとした感情が残るように作られているのですね。

ドラマのストーリーにたとえれば、ガーシュウィンの楽曲には必ず「救い」があるのです。このあたりが、じつに多くのミュージシャンが彼の楽曲を採り上げただけでなく、ジャズ・ファンに限定されない多くのアメリカの聴衆から愛された理由でしょう。

アメリカ音楽の王者へ

ジョージ・ガーシュウィン、本名ジェイコブ・ガーショヴィッツは、1898年(明治31年)にニューヨークのブルックリン地区に生まれました。

彼の父親はロシアからやって来たユダヤ系移民です。アメリカの音楽業界にはユダヤ系がじつに多いのですね。アメリカでは移民してきた順序や宗教上の理由で微妙な階層社会が形作られ、結果として相対的に「後発産業」だった音楽業界や映画界にユダヤ系が多くなったようです。ユダヤ系というと哀愁を帯びたジューイッシュ・メロディ(「屋根の上のヴァイオリン弾き」の旋律がひとつの典型)を思い浮かべますが、ガーシュウィンの楽曲にそうしたものがあからさまに表れることはあまりなく、これは彼の「音楽的洗練」を表しているといえるでしょう。

音楽好きだったガーシュウィンの父は、貧しい中ジョージの兄、アイラのためにピアノを買い与えました。しかしアイラはあまり音楽に熱を入れず、父の血を引いた音楽好きの12歳の弟ジョージがレッスンを受けることとなりました。しかし、文学好きだったアイラは、のちにジョージの楽曲の歌詞を数多く作っています。

ジョージは14歳になると正規の音楽教育を受け、15歳ともなるとプロを目指しハイスクールを中退しています。仕事は“ティン・パン・アレー”に数多くあった音楽出版社で見本演奏をする係です。当時は楽譜販売が主たる音楽産業で、どんな楽曲であるのかお客に演奏して聴かせる必要があったのですね。

1917年、そうした仕事をしつつアーヴィング・バーリンやジェローム・カーンといった先輩作曲家たちの研究をするジョージの才能を認めた音楽出版社の社長が現れ、ジョージは作曲に専念できる立場となります。そして19年に作曲した「スワニー」を当時の人気歌手、アル・ジョルスンが歌って大ヒット、一躍ジョージは“ティン・パン・アレー”のスター作家となったのでした。

1924年には、そのころ圧倒的な人気を誇った白人バンド、ポール・ホワイトマン楽団がジョージの作った「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏し、大成功を収めます。また28年に管弦楽作品「パリのアメリカ人」を発表するのですが、彼はこうしたクラシック作品の作曲法を独学で身につけたのでした。そして35年には、のちに圧倒的な評価を獲得することになる代表作オペラ『ポーギーとベス』を発表、マイルス・デイヴィスら多くのジャズ・ミュージシャンが彼の楽曲を採り上げることとなったのです。

1930年代に入り、ガーシュウィンは西海岸を拠点としたハリウッド製映画音楽にも手を染めますが、まさに人気絶好調のさなか、脳腫瘍のためわずか38歳(1937年)でこの世を去ってしまいます。しかし彼の残した作品は、ジャズ、ポピュラーを問わない多彩なミュージシャンたちによって採り上げられ続け、ガーシュウィンは多くの聴衆に愛されるアメリカン・ミュージックの王者となったのでした。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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