文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

令和7年7月6日~7月13日、天皇、皇后両陛下がモンゴルを公式訪問された。歴代天皇の同国訪問は史上初めてのことだったが、天皇陛下は皇太子時代にも同国を訪問されたことがある。

ご出発に際しての記者会見(https://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/433)で、陛下は前回の訪問で受けた印象を問われ、「モンゴルの雄大な自然や、人々の典型的な住まいであるゲル、馬や羊と共に暮らす人々の姿などが深く印象に残っています」と述べられている。

まったくの偶然であるが、筆者は陛下のご訪問より1週間ほど前にモンゴルを旅するツアーに参加していた。草原での乗馬をメインの目的とした5泊6日のツアーで、期間中はずっとゲルに宿泊するというものだ。不敬を重々承知で述べるならば、筆者がモンゴルという国から受けた印象は上に引用した陛下のお言葉とまったく同じである。

モンゴル高原のゲル。

モンゴルの国土面積は日本の約4倍。それでいて人口は約350万人でしかない。横浜市と同じ程度だ。しかも、その約半数が首都のウランバートルに集中している。都市化が進むなか、広い国土の約8割を占める草原で伝統的な遊牧生活をしている人がまだ約25~30%程度はいると推定されている。彼ら遊牧民の住居がゲルである。

ゲルの外観はドーム状の大型テントを思い浮かべてもよい。直径は5〜7メートル、高さは中央部で2〜3メートル程度のものがほとんどだ。多少の差はあるが、基本的にはどのゲルも同じようなサイズである。極端に大きなゲルも小さなゲルもない。少なくとも筆者は目にしなかった。

ツーリスト用キャンプ村。ゲルの入口はすべて南を向いている。

遊牧民は家畜の群れとともに草原を移動する。住居や家財道具は持ち運びすることが前提である。ゲルの設営や撤収は大人が数人いれば1~2時間ほどで済み、季節や草の状態に合わせて自由に移動できる。現在は自動車を所有する遊牧民も増えたが、それ以前はラクダがゲルの材料を背負って歩いたらしい。

ゲルが大きすぎると設営・撤収が大変になるし、移動すること自体が困難になる。遊牧民にとって、生活の快適さより移動できることが何よりも重要だ。たとえ経済的に裕福であっても、ゲルを大きくすることはないし、不必要にモノを貯めこむこともない。彼らが立ち去った跡は元の草原に戻る。

驚くべきことではあるが、こうした遊牧民の移動を前提としたライフスタイルとゲルの基本構造は紀元前の時代から現在までほとんど変わっていない。なにしろ、司馬遷の『史記』匈奴列伝にも、「馬、牛、羊を飼い、定住せずに穹廬(きゅうろ)(ゲル)に住み、水と草を求めて移動する」という意味の記述があるのだ。

とは言え、現在の遊牧民の生活が文明の利器とまったく無縁であるというわけでもない。筆者が宿泊したツーリスト用ゲルには太陽光パネルからの電力で照明があったし、携帯電話の電波も届いていた。キャンプ地の食堂を兼ねた共用ゲルには衛星インターネット接続サービス『スターリンク』が設置されていたし、衛星テレビ放送を受信するためにパラボラアンテナを設置したゲルも多いらしい。

太陽光パネルが設置されたゲル。

モンゴル高原の夏は乾燥して快適な気候ではあるが、日差しは強く、外気温は摂氏30度を超える日もある。冬は非常に寒く、氷点下40度にも達することもある。ゲルはそんな厳しい自然環境に対応した夏冬兼用の住まいだ。

壁と天井に用いられる羊毛フェルトには優れた断熱性があり、冬は冷気を遮断し、夏は強い日差しを和らげる。さらに、湿気を吸収して自然に放出する性質もある。冬は暖かく、夏は涼しい、自然の空調設備である。

ゲルの内部はきわめて簡素に作られている。清潔で、かつ快適だ。立って歩ける高さがあり、放射状にベッドや椅子が配置され、中央にストーブが置かれている。煙突は天窓に通じ、通気を調整することもできる。暑い日には壁のフェルトをまくって、室内に風を通す。筆者はここで生涯最高と思える昼寝を経験した。その代わり、人間の生活に欠かせない(と我々が思い込んでいる)バス、トイレ、キッチンは室内にはない。

ゲルの内部。

ゲルはまた持続可能性に優れた住居でもある。屋根を支える中心柱や骨組みはモンゴルに自生する樹木の木材で組み立てられ、外壁や屋根を覆うフェルトは、前述したように羊毛から作られる。フェルトを骨組みに固定するロープには馬や牛のしっぽやたてがみの毛が用いられる。ストーブの燃料は乾燥した動物の糞だ。つまり、すべてが現地の自然から調達でき、かつ再生可能な素材である。寿命を終えたゲルの部材は自然に還る。

モンゴルの伝統料理「ホルホグ」に供される直前の羊。

遊牧民は長い歴史の中で自然と共生する知恵を培ってきた。その結晶とも言うべきゲルを体験することは意外に難しくない。

東京からモンゴルの首都ウランバートルまでは直行便ならわずか約5時間で着く。時差は1時間だ。しかも日本国籍であれば30日以内の滞在にビザは不要である。

地理的に近く、人々の交流も盛んなこの国には、日本発の団体旅行も選択肢が数多くある。

筆者が参加した乗馬ツアーは日本旅行業協会(JATA)が選ぶ「ツアーグランプリ2025」の大賞にあたる国土交通大臣賞を受賞した(https://www.jata-net.or.jp/membership/jata-travelinfo/tourgrandprix/tg2025_top/)。筆者のゲルに関する知識の多くはこのツアーで学んだものだ。深く感謝する。

このツアーを企画・運用した『風の旅行社』は、他にも星空観察や遊牧文化体験など、さまざまな種類の、しかもゲル宿泊がついたモンゴル行きツアーを催行している。

風の旅行社モンゴル行きツアー案内ページ:https://www.kaze-travel.co.jp/area/mongol

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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