取材・文/渡辺陽(わたなべ・よう)
大手製薬企業や大学病院が研究開発にチャレンジしては挫折している認知症の薬。しかし、認知症と生活習慣の関係が解明されつつあり、極めて軽症、もの忘れ程度に留めることができる可能性もあることが分かってきたそうです。近畿大学病院 脳卒中センター 大槻俊輔教授に話を聞きました。
認知症はなくならない
――認知症予防、あるいは治療薬が待望されていますが、現状はどうなのでしょうか。
大槻 軽症から重症まで、程度の違いこそあれ、誰もが年齢を重ねると認知症になる可能性があります。しかし、新規の認知症の薬が開発されるには、まだ20年以上かかると考えられています。日本でよく使われているドネペジルという薬も、海外の一部の国では既に保険適応外になっていて、顕著な完治効果は期待できません。
一方、感染症や事故による死亡が減少し、がん死亡も抗がん剤等の治療のめざましい進歩で減少している中、人は長生きできるようになりました。そのため、認知症患者が増えているのも事実です。
本人や家族だけで解決できるものではなく、社会全体として地域で安心して暮らせる環境を整えていく必要があります。
「もの忘れ」程度に留める方法
――認知症になりやすい人、なりにくい人はいるのでしょうか。
大槻 認知症になるのは避けられないとしても、できるだけ症状を抑えて、「もの忘れ」程度に留められる可能性はあります。認知症は、生活習慣病のひとつとして考えられていて、なりやすい人には傾向があるのです。
まず、メタボの人は、認知症になりやすい傾向にあります。認知症は生活習慣病のひとつとして捉えられているのです。肥満、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症の組み合わせです。経済力の有無も影響します。
たとえば、米国には、貧困層にフードチケットという食券を配布している地域がありますが、フードチケットでもらえる食品は、保存可能な冷凍のハンバーグやピザやチキンです。ガスも電気も使うことができず、そもそも料理ができない環境で生活している人が利用できます。すると、野菜やたんぱく質が少ない食事になってしまい、脂質や糖質に偏った生活になってしまいます。やがて、貧困だが肥満になり、やることといえばテレビをぼーっと見るしかなく、身体が不自由になってしまいます。似たような状況が日本でもありうるのです。
その他、物事を考えない、働かない人も認知症になりやすい傾向にあります。
つまり、認知症を予防するには、メタボにならない、日頃から本を読んで物事を考える必要があるのです。
社会のシステムを変えていく
――既に認知症になってしまった人を抱えている人はどうしたらいいのでしょうか。
大槻 救急の現場で見ていると、ご家族はぎりぎりのところで持ちこたえています。精神的に追い詰められているのです。破綻して救急搬送となります。
患者さんを悪化させないためには、優しく、プライドを傷つけないように接する、探し物をしていることを否定しない、「さっき言ったばかりなのに、もう忘れたのか」など責め立てるようなことを言わないようにするのが望ましいのですが、家族には、その余裕がない人も多いでしょう。
患者さんやご家族だけで問題解決するのは不可能なので、社会のシステムが変わっていかねばなりません。徘徊している人を見守ったり、運転できなくなった人には、それをカバーする交通手段を提供したりするということが考えられます。サポカーなども普及していくことが望まれます。社会、技術とソフト面、行政と民間、みんなで力を合わせて解決していきたいと思います。
談/大槻俊輔 先生
近畿大学病院 脳卒中センター 教授。神戸大学医学部卒業初期研修後、大阪大学医学部、米国国立衛生研究所、国立循環器病センター、広島大学病院をへて現職。脳卒中やてんかんなどの神経救急を専門.救急の仕事の厳しさと登山と美術鑑賞、近代史からの学びとの間を逡巡しながら、日々の人生と仕事を精一杯全力かつ謙虚誠実に打ち込んでいる。
取材・文/渡辺陽(わたなべ・よう)
大阪芸術大学文芸学科卒業。「難しいことを分かりやすく」伝える医療ライター。医学ジャーナリスト協会会員。小学館サライ.jp、文春オンライン、朝日新聞社telling、Sippo、神戸新聞デイリースポーツなどで執筆。