文/鈴木拓也

いまや、認知症や軽度認知障害に罹っている高齢者は500万人を超え、その数は今後も増加すると見込まれている。
認知症の特効薬がない現状では、各人の認知症予防の取り組みが重要な時代だといえそうだ。
なかでも注意したいのが、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症の3大認知症。これが全体の罹患者の9割を占める。
いったん罹ってしまうと治癒できない3大認知症だが、実は「予防」は可能。そう説くのは、グリーン・テック代表取締役で、名古屋葵大学学長を兼務する杉本八郎氏だ。
世界初のアルツハイマー治療薬を開発したことでも知られる杉本氏によれば、予防のコツは、「血管を丈夫に保ち、血流を良くすること」だという。そして、具体的な方法を著書『82歳の認知症研究の第一人者が毎日していること』(扶桑社 https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594099473)で詳述している。
はたして認知症の予防は、どのように行うのだろうか。本書からその一部を紹介しよう。
第一にすすめるのはウォーキング
「血管を丈夫に保ち、血流を良くすること」を理解するため、杉本氏は、その逆である「血管がボロボロで、血流が悪い」状態に言及する。
これは、高血圧、糖尿病、肥満といった生活習慣病に罹っている人に共通する状態だ。そして、こうした生活習慣病は認知症の発症率を増加させる。例えば糖尿病だと、アルツハイマー型認知症の発症率が2倍になるという。
それゆえ、血管と血流を良くすることが、認知症予防の要になると力説されている。
具体策として、「第一」にすすめられているのが有酸素運動。筋トレのような無酸素運動よりも、こちらが良いとする理由は、以下のように書かれている。
なぜ、有酸素運動の方をおすすめするのかというと、酸素を使う有酸素運動は血行を良くする効果が非常に高いからです。脳に十分な血液が流れれば、栄養や新鮮な酸素がたっぷりと送り込まれるので、脳の細胞も活性化します。(本書54pより)
有酸素運動といっても、ランニングのような激しいものでなく、高齢者でも気軽にできるウォーキングでかまわないとも。毎日1時間以上ウォーキングをする人は、認知症になる割合が顕著に低いことが判明しているが、慣れるまでは「週に3~4回程度、一日30分以上を目安に始めてみる」のでOKだ。
カレーを食べ、緑茶を飲もう
杉本氏は、認知症予防の柱の1つとして食生活の改善も挙げる。
基本は、「バランス良く食べること」。さらに、血管の健康に役立つ抗酸化物質やポリフェノールが含まれる食材を、積極的に取ることも大事だという。
本書では、非常に多くのそうした食材が解説されているが、「おすすめの中でも特におすすめ」という5品目がピックアップされている。
その1つがカレーだ。
実際、インド人のアルツハイマー型認知症の発症率は、アメリカ人などに比べて低いと言われる。その理由がカレー、より正確にはスパイスのウコン(ターメリック)であるようだ。
ウコンには、クルクミンというポリフェノールが含まれているが、これには「強力な抗酸化作用や抗炎症作用」がある。杉本氏は、「加齢になったらカレーを食べましょう!」と言うくらいで、毎日は無理でも時々は食べるようにしたい。
もう1つが緑茶・抹茶。
これには、カテキンというポリフェノールが含まれているが、認知症の原因物質であるアミロイドβが脳内に溜まるのを抑える働きがある。それだけでなく、血中コレステロール値や血糖値を低くし、抗ウイルス作用や肥満抑制作用なども確認されている。疫学研究でも、週に1回でも緑茶を飲む人は、5年後に認知機能が低下するリスクが約半分に減少したと報告されている。
趣味を持つことの効用
有酸素運動と食生活にくわえて、杉本氏が重要視するのが「脳に楽をさせない」生き方だ。
定年後は、悠々自適の生活をしていると、時として暇を持て余しがちになる。
これは、「脳に『もう働かなくていいよ』と言っているようなもの」だと、杉本氏は言う。こうなると脳への血流も減り、アミロイドβを排出する力も衰え、なにより脳神経細胞も弱ってしまう。
だから、「脳に楽をさせない」ことが肝要というわけだが、なにも生涯にわたりハードワークをせよという話ではない。
例えば、趣味をたくさん持つことでもいい。多趣味の人生だと、認知症リスクが低くなることは、研究からも明らかになっている。
齢80を超えて元気な杉本氏自身の趣味は、俳句。「毎日必ず10句作ることをノルマ」にしているそう。さらに俳句雑誌に投稿し、句会フォーラムにも参加しているというから本格的だ。
さらに、週に1回は道場に行って剣道の稽古に励んでいるとも。そのためのトレーニングとして、毎日「腕立て伏せを50回、腹筋を50回、素振りを200回」しているという。
ただ、杉本氏が趣味に打ち込んでいるのは、「認知症の予防になるから」とか「健康にいいから」という動機ではないという。むしろ、それだけを目的にしてしまうと継続が難しくなるそうで、何かを極めたいという純粋な気持ちが重要。健康効果は二次的なものと捉えるのが、趣味人生に成功する秘訣だとする。
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このように本書には、認知症を遠ざけ、健やかなシニア人生を送るためのヒントが詰まっている。「老後は認知症がこわい」と心配している方は、一度読んでみることをすすめたい。
【今日の健康に良い1冊】
『82歳の認知症研究の第一人者が毎日していること』

定価990円
扶桑社
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。
