文/印南敦史

理学療法士である『認知症の人がスッと落ち着く言葉がけ〇×ノート』(川畑 智 著、SBクリエイティブ)の著者は、数多くの認知症の人やその家族と接するなかで気づいたことがあるそうだ。

認知症のことを「どんどん物忘れが多くなる病気」「脳が萎縮する病気」と捉えている人が多いということ。もちろんそれは間違いではないが、本当に知るべきことは“その少し手前”にあるというのだ。

あなたの大切な人は、何も「できなくなっていく」だけの存在ではないのです。その人の中には、まだたくさんの可能性が残されています。例えば、新しい出来事を覚えることは難しくても、感情はしっかりと感じ取っているのです。(本書「はじめに」より)

「声がけが通じない」「怒りやすい」などの傾向がある認知症の人とのコミュニケーションは、たしかに簡単ではない。だが、決して「もう通じ合えない」わけではないのだ。

しかも当人は、「ことばの意味がわからない」「自分の気持ちをうまく表現できない」というようなもどかしさを抱えながら生活しているに違いない。したがって、“認知症の人には世界がどう見えているのか”という視点に立って考える必要があるのである。

そういった考え方に基づき、著者は本書を「認知症の方を介護する人」に向けて書いたのだという。認知症の段階に合わせ、さまざまな対処法が紹介されているため、なにかと役に立ってくれそうだ。

たとえば認知症の人には「同じことを何度も聞いてくる」という傾向があるものだが、そういった場合はどう立ち向かえばいいのだろうか?

ここではその点をクローズアップしてみよう。

× 「さっきも言ったでしょ!」と、事実を伝える
  「同じことを何度も聞かないで!」と、責める
〇 はじめて言うように答える
  感情を動かすような伝え方で話す
(本書36〜37ページより)

たしかに「認知症疑い」の段階では、少し前に聞いたことをくり返し聞いてくるケースが増える。

ちなみに記憶のなかでも、長い間保持してきた「長期記憶」は、認知症の中〜後期まで維持される傾向にあるという。一方、直前に起きたことを記憶する「即時記憶」や、少し前の出来事を記憶する「近時記憶」は、認知症の早い段階で苦手が生じるそうだ。

「近時記憶」に苦手が生じている具体例としては、“午前中に行った病院で医師が説明してくれたこと(薬を飲む回数や生活のアドバイスなど)を午後には忘れる”“昨日なにを食べたかを覚えていない”などがある。

「ちょっと前に質問したことを忘れ、また同じ質問をしてしまう」というケースも、「近時記憶」が苦手であることが原因だと考えられるようだ。

これに対して、つい言ってしまいがちなのが、「さっきも言ったでしょ!」の一言。何度も聞いているという自覚がない本人は、(拒絶された……)(急にきつく言われた)と、ショックを受けてしまいます。(本書38〜39ページより)

たとえ「同じ質問を何度もしている」ことが事実だったとしても、認知症疑いの人に事実を突きつけることは得策ではない。本人に自覚がないのだから、それはこちらの心のなかだけに留めておくべきなのだ。

望ましい対応は、聞かれるたびに答えを教えることです。その際、本人の感情を動かすようなエピソードを交えて伝えたり、話を要約して伝えたりすると、より記憶に残りやすくなります。(本書39ページより)

たとえば「明日の予定はなんだっけ?」と繰り返し聞かれたとしたら、「明日は10時から病院だよ」「その前に〇〇ちゃんのところに寄ろうか」などのエピソードをつけ足して答えればいいわけである。

あるいは、病院で受けた説明を忘れ、薬の飲み方を何度も聞いてくる場合は、「朝ごはんの前に1錠飲めばいいってことだよね」などと要約して伝えれば、より記憶に残りやすくなるかもしれない。

また、言い回しが違えば記憶に残りやすくなるため、“前とは違う伝え方”を心がけるのもいいようだ。いずれにしても「前に言った」と感情的になるのではなく、印象に残りやすいように伝えることを意識するべきなのだ。

そうすれば、スムーズなコミュニケーションが成立するからである。

さらに、「いつか自分も同じ状態になるかもしれない」という意識を持っておくことかも大切かもしれない。現時点ではひとごとかもしれないが、私たちもいつかは認知症になってしまうかもしれないのだから。

『認知症の人がスッと落ち着く言葉がけ〇×ノート』
川畑 智 著
1694円
SBクリエイティブ

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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