文/印南敦史

人間丸ごとの問題である認知症を検証|『ボケないヒント 認知症予防、わかってきたことこれからわかること』

医学博士である『ボケないヒント 認知症予防、わかってきたことこれからわかること』(帯津良一 著、祥伝社)の著者は、本書の冒頭で「健康寿命」を引き合いに出している。

健康寿命とは言うまでもなく、健康上の理由によって日常生活が妨げられることなく生きていける期間のことだ。日常生活ができればいいのだから、なにか病気を持っていたとしてもかまわないわけである。

病気と聞いてすぐに思い浮かぶのは「がん」だが、現在わが国において、がん治療からの生還者は60%を超えている。がんになっても健康寿命をまっとうしている人が増えているのだ。

だが、その一方には新たな脅威がある。それが「認知症」だ。認知症になると単独での日常生活が困難になるため、健康寿命の破綻を引き起こすことになってしまうからである。

そして、人々の間に認知症の恐れが広がりつつある現状を見ると、認知症の脅威ががんのそれを超えることは、もはや時間の問題だろうと著者は推測している。だからこそ、認知症はどうしても避けたいという思いが強くなっていたそうだ。

とはいえ「がん一筋」でやってきたため、認知症については門外漢。しかし自分自身の問題でもあるため、認知症について一から勉強したのだという。

その結果、わかったことは、認知症は老化現象であるということです。
これが、私のなかで認知症とがんをつなげることになりました。
がんを追及するなかで、がんはからだだけの病ではなく、こころやいのちにも深くかかわった人間まるごとの病であることに気づきました。だからこそ、人間まるごとを対象とするホリスティック医学を追い求める道に足を踏み入れたのです。(本書「はじめに」より引用)

「ホリスティック(Holistic)」とは「全体性」の意。すなわちホリスティック医学とは、こころ、からだ、いのちという“人間まるごと”の観点から診る医学を指す。

つまり認知症が老化現象であるなら、それはまさに人間丸ごとの問題であるということ。本書においてはそのような角度から、ホリスティック医学の一大テーマとして認知症を検証しているのである。

と聞くと難しそうにも思えるが、決してそういうわけではないようだ。たとえば第3章「ボケないために今日からできること」で紹介されていることを確認すれば、どれもすぐにできそうなことばかりだということがわかる。

今回はそのなかから、「文章を書くことのメリット」を取り上げてみることにしよう。

著者によれば、がんとの闘いと認知症の予防には共通するところが少なくないのだそうだ。その理由については、両者とも人間をまるごととらえるホリスティックな視点から、免疫力、自然治癒力を高めていくことが求められるからだろうと推測している。

ちなみに、このことを語るにあたり引き合いに出されているのが、米ピッツバーグ医科大学院の臨床精神医学教授を務める精神科医のダヴィド・S・シュレベール氏。

脳腫瘍に侵され、手術を受けたものの再発したことから、心身ともにどん底の状態を立てなおすことに。通常医学とさまざまな代替療法を統合して用いることによって、見事に生還を果たしたというのだ。

その一部始終を著したのが、『がんに効く生活 克服した医師の自分でできる「統合医療」』(NHK出版)。32カ国で出版され、世界で100万部を超えるベストセラーとなった本書の序文で、ダヴィドはこう語っている。

「本書では、人間に本来備わっているはずの防衛力についてまったく無知な医師であり研究者でもあった私自身が、どのようにして、見方を変えたのかについて語りたい」

ここでは、印象的なエピソードが紹介されている。それはダヴィドに、生還のきっかけを与えることとなった。

化学療法を受け続けるもうまくいかず途方に暮れたダヴィドは仕事も辞め、愛妻との仲も冷め切ってしまったのだとか。そんなときに問いかけたのは、友人の心理療法士であるマイケル・ラーナーだった。元エール大学の社会学の教授で、がんと向き合う方法について多くの著作がある、その分野の第一人者だ。

マイケルの問いかけは、「うまくいかないことばかりを考える代わりに、自分に最も充足感を与えられるものは何か考えよう」というものでした。
ダヴィドは躊躇しながら打ち明けます。実はうつや不安感の治療に関する本を書きたいのだと。マイケルはうれしそうに話します。「ダヴィド、君の人生でほかに何をすべきなのかはわからないけど、その本だけは絶対に書くべきだよ」
彼はすぐに書き始めました。そして、そのときのことをこう振り返ります。
「私は自分の道を発見した。マイケルは私の生命の小さな炎を再び燃え上がらせることに成功したのだ」(本書167〜168ページより引用)

このエピソードが言い表しているのは、「文章を書くことが、生きるエネルギーを引き出してくれる」ということだ。

そして著者にとっても、執筆は重要な「ときめき(=生命の躍動)」のひとつだという。だからこそ、それはがんとの闘いだけでなく、認知症の予防にも有効だと強く感じると記している。

たしかに文章を書くことには、さまざまな効能がありそうだ。かといって、必ずしも本を書かなければならないというわけではない。たとえば日記をつけてみたりするだけでも、相応の効果が期待できるのではないだろうか?

効果がどうという以前に、習慣化できれば楽しみにもなるであろうし、試してみる価値はありそうだ。

『ボケないヒント 認知症予防、わかってきたことこれからわかること』

帯津良一 著

祥伝社

税込価格 770円

2020年4月発売

『ボケないヒント 認知症予防、わかってきたことこれからわかること』
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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