文/晏生莉衣
ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。
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前回は、フランスでの同性婚家庭の子どもへのハラスメント防止策について取り上げましたので、今回はその続きとして、同性婚合法化や性的少数者の保護に関する世界の状況を簡略に追ってみたいと思います。
フランスでは「父」「母」の表記を学校関連の書類からなくしてジェンダー ニュートラルな表記に変えるという踏み込んだ法修正が提案されていますが(レッスン10参照)、同性婚合法化についてはフランスが先駆者というわけではありません。フランスはむしろ、他のヨーロッパ諸国に遅れを取っており、合法化を急いでいる状況でした。
同性婚合法化の世界の流れを見ると、最初に法律で認めたのは、2000年のオランダです。それから、ベルギー(2003)、カナダ(2005)、スペイン(2005)、南アフリカ(2006)、ノルウェー(2008)、スウェーデン(2009)、アイスランド(2010)、ポルトガル(2010)、アルゼンチン(2010)、デンマーク(2012)、ウルグアイ(2013)、ニュージーランド(2013)と続き、フランス(2013)はその次で、ヨーロッパでは9番目、世界では14番目でした。その後、ブラジル(2013)、イギリス(イングランド及びウェールズ2013、スコットランド2014)、ルクセンブルグ(2014)、フィンランド(2015)、アイルランド(2015)、グリーンランド(2015)、米国(2015)、コロンビア(2016)、ドイツ(2017)、マルタ(2017)、オーストリア(2017)、オーストラリア(2017)と続いて、26か国となりました。(カッコ内は合法化承認の年で、施行年は異なる場合があります。)そして、今年5月17日には、アジアで初めて台湾で合法化法案が可決され、来年5月にはコスタリカで合法化される予定です。
同性婚が合法化された国々をこうして見てみると、一番多い地域はヨーロッパで、16か国です。いったい、どうしてヨーロッパに多いのでしょうか。
性的少数者を救済するさまざまな判決が出ている
ベーシックな背景として、第二次世界大戦中のホロコーストという恐ろしい人権侵害があります。同性愛者たちも迫害の対象となり、強制収容されて多くの犠牲者が出ました。そうした経験から、戦後、ヨーロッパでは、性的少数者も含め、マイノリティの人権保護に力を注いできたという歴史的な流れがあります。その主な取り組みとして、1949年に設立された欧州評議会(CoE又はCE)は、ヨーロッパですべての人々の人権と基本的自由を保障することを目的に、欧州人権条約を作成し、条約は1953年に発効しました。
そして現在、ヨーロッパには、欧州人権裁判所(所在地ストラスブール)と欧州司法裁判所(所在地ルクセンブルク)という二つのリージョナルな裁判所があります。前者は欧州人権条約について、後者はEU(欧州連合)の諸条約や法令について、違反や有効性の審理などを行いますが、どちらの裁判所も個人からの申し立てを審査し、LGBTQ関連の訴訟も多く扱ってきています。
加盟国の法律を尊重し、同性婚を認めていない国に合法化を命ずることはありませんが、どちらの裁判所も、性的少数者の人権救済につながる判決をたびたび出しています。実際にどんな判決が出ているのか、それぞれの裁判所についてここ数年のLGBTQ関連のケースを見てみましょう。
欧州人権裁判所ではこんな判決が出されています。
◆同性婚やパートナー制度がないイタリアの同性カップル3組が起こした訴えに対し、2015年、同性カップルの認知と保護の法的枠組みが十分でなく、欧州人権条約に定められた家族生活を尊重される権利を侵害したとして、イタリアに賠償を命じました。
◆2016年には、性的指向による迫害を恐れてハンガリーで難民申請したイラン人男性が、ハンガリーの収容所で2か月近く拘束された扱いについての判決がありました。収容所で性的指向によるハラスメントにさらされる危険を男性が繰り返し訴えていたにもかかわらず、適切な保護を行わなかったとして、ハンガリーが欧州人権条約に定められた強制的に拘束されない自由と安全の権利を侵害したと認定しました。
欧州司法裁判所ではこんなケースを扱っています。
◆同じく性的指向による迫害を恐れてハンガリーで難民申請したナイジェリア人男性が、ハンガリー当局から性的指向を検査する心理テストを受けさせられたケースです。男性は、性的少数者ではないというテスト結果から申請を拒否され、退去させられたのですが、2018年、欧州司法裁判所は、そうしたテストを行ったことは私生活への著しい侵害であり、ハンガリーが欧州連合基本権憲章に定められたプライバシーと尊厳の権利を侵害したと認定しました。
◆同年、ルーマニアで性指向による差別を受けたとする同性カップルのケースについて、EU市民の同性パートナーは、国籍にかかわらず、EU圏内に居住する権利があるという判断を下しました。訴えていたのはルーマニア人男性で、アメリカ人男性と2010年にベルギーで結婚後、ルーマニアで生活しようとしたところ、同性婚もパートナーシップ制度も認めていないルーマニアの政府が、アメリカ人パートナーに居住権を与えませんでした。EU法では、EU加盟国以外の国籍の人がEU市民と結婚した場合、配偶者としてEU圏内での移動と居住の自由が認められています。これが認められなかったのは同性カップルへの差別だとし、ルーマニアの憲法裁判所に訴え、憲法裁判所が欧州司法裁判所の判断を求めたという経緯がありました。
同性婚パートナーも「配偶者」と、EU裁判所が解釈
欧州司法裁判所のこの判断では、同性婚のパートナーもこのEU法の適用対象となることが初めて示されたのですが、注目点は、この判断のカギとなったのが「ジェンダー ニュートラル」な言葉遣いだったことです。欧州司法裁判所は「このEU法で使われている『配偶者』という用語は、まったくもってジェンダーニュートラルであるから、『配偶者』には同性の配偶者も含まれる」という解釈をしたのです。6月にこの判断が示されたことを受けて、ルーマニアの憲法裁判所は7月、アメリカ人パートナーに居住権を認める判決を出しました。
少し長くなりますが、その後のルーマニアの動きも興味深いものなので、触れておきたいと思います。日本でもそうですが、婚姻や家族に関しては、多くの国が憲法や民法で「夫婦」「男女」というような表現を用いて規定しているので、同性婚を合法化した国では、そうした表記を変更する必要がありました。ところが皮肉なことに、同性婚を認めていないルーマニアの憲法は、夫婦に関して、欧州司法裁判所の判断でもカギとなった「配偶者」というジェンダーニュートラルな表記を用いて規定しているのです。同裁判所から違法の判断が出された同年10月、反対派勢力により実施に持ち込まれた国民投票で、その夫婦の規定を「配偶者」から「男性と女性」へと厳格な表記に改正する是非が問われたのですが、結果が有効となる投票率30パーセントに届かず、国民投票は無効となりました。
欧州司法裁判所の判例はすべてのEU加盟国に適応されるので、先に挙げた二つの判例によって、EU圏内での難民申請者への性指向を確認するための心理テストは禁止され、国籍を問わず、同性婚パートナーがEU圏内に住むことが可能になりました。
LGBTQへの理解と差別禁止について、次回の後編で引き続き取り上げたいと思います。
文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。