文/晏生莉衣

国内で、諸外国との間で、さまざまな問題について意見が対立することがあります。今回は、国内のケースについて。国民的な関心事や出来事について意見の対立が起こると「世論が割れる」というような表現がされますが、日本ではおうおうにして、反対する側による批判や非難のほうがより大きく取り上げられて、世論に影響を及ぼしていく傾向がみられます。しかし、その一方で、そうした社会状況の中に置かれて、なにか居心地が悪い、不安を感じるという心情になる人たちが少なくありません。

意見の違いは当たり前

意見の対立ということについて整理するために、まず、確認しておくべきコンセプトがあります。それは、「人との意見の対立は、私たちの生活において自然な出来事である」ということです。

人間は一人ひとりみな違います。育った環境も違えば、性格も違いますし、趣味や生活習慣もさまざまです。学歴や職歴も異なり、個性も能力も人ぞれぞれで、このように一人ひとり違う私たちが、家庭や職場など、一つのコミュニティでいっしょに生きているわけですから、同じ一つの物事についていろいろな意見や物の見方があって当然ですし、意見が合わずにもめごとが起こるというのもごく当たり前のことなのです。

むしろ、いつでもあらゆることに全員が同じ意見だということのほうがまことに不自然で、毎回毎回、異口同音では、なんらかの作為的なものが働いている状況であるとも考えられます。だれでも自分の意見を言える健全なコミュニティであれば、コミュニティの全メンバーの意見がぴったりと合うというようなことはときには起こるかもしれませんけれども、それをふつうのこととして期待するのは、むしろおかしいものです。

コンフリクトレゾルーション研究とは

「人との意見の対立は、私たちの生活において自然な出来事である」

これは、日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、コンフリクトレゾルーション (conflict resolution) という分野の研究における基本コンセプトです。

コンフリクト (conflict) は、戦い、紛争、論争、口論、対立、衝突といった意味です。国家間レベルの武力を用いた戦闘や安全保障や外交上の紛争から、日常的なレベルでの意見の不一致、利害や思想の衝突などを含め、さまざまな争いや対立のことを指します。日常的なレベルの対立は、個人対個人のケースもあれば、いくつかのグループの間、または個人とグループの間に起こるケースもあります。そして、ここでのレゾルーション (resolution) は解決するという意味で、コンフリクトレゾルーションは対立や争いの解決ということになります。

ここで、英語の発音で迷わないために、一つ解説をつけ加えておきましょう。日本では、resolutionという単語が「リゾリューション」と表記されていることが多いようですが、これは実は正しくありません。3音節目のluはアクセントがついて、「リュー」ではなく「ルー」に近い発音になります。英語の綴りをよく見ればおわかりになるはずですが、Googleで「resolution  発音」と入力して検索すると、一番上に発音の説明が囲みで出てくると思いますので、実際の発音を聞いて確認してみてください。この連載レッスンではカタカナ表記はあくまで便宜上用いていますが、一番近い発音は「レゾルーション」のようになります。発音記号は文字化けの可能性があるため、ここでは記載しませんので、各自でお調べの上、ご参考になさってください。

当初、コンフリクトレゾルーションの研究は、国家間の国際紛争を主なテーマとしていましたが、だんだんと研究の裾野が広がり、私たちにとってもっと身近な日常生活の中での対立やあつれきといった問題の解決についても応用されるようになっていきました。米国をはじめとする諸外国の学校では、どうやって意見の対立を解消していくかを学ぶコンフリクトレゾルーションの教育やトレーニングが広く取り入れられています。

多数の意見が自分の意見?

では、対立を解決、解消するというコンフリクトレゾルーションについて、日本の状況はどうでしょうか。

まず、日本社会は伝統的に、同調性を重んじて集団の和を大切にするという文化があります。「同調圧力」という言葉をよく耳にしますけれども、人と同じであることを良しとする日本社会の中で育った人は、多数派に合わせるという行動形態を無意識のうちに学習して身につけています。そして、ほかの人たちと違う行動をしたり、違う意見を唱えたりすることでだれかともめたり、ぶつかったりするのは悪いことという前提が自分の中に作られていることが多いので、仕事の場でも友人たちとのプライベートな場でも、本当は自分の意見はちょっと違うと思っていても、意図的にそれを表さない、あるいは表せないということも多々あります。違う意見を言ってしまうと、協調性がないと批判されてしまうかもしれないし、嫌われてしまうかもしれない、敵を作ってしまうかもしれない……。そんなふうに恐れて言えないのです。これは、日本人には一般的なコンフリクトに対する心理ですから、「あるある」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そうした心理が働くので、無意識でも意識的にでも多数派につく。賛成意見が多数を占めれば自分も賛成に、逆に、反対意見が多ければ自分もそちら側に、という行動をとりがちになります。これは、人それぞれ意見が違って当たり前というコンフリクトレゾルーションの概念からはかなりはずれますが、対立を避けるための行動という意味では、一つの消極的なコンフリクトレゾルーションの方法と受け取ることはできるでしょう。対立を解決するというよりは、そもそも対立しない、対立自体を回避するという方法で、日本人にとっては典型的なコンフリクト対処法といえます。

対立の放置は危険

とはいえ、昨今は、日本社会の中でも意見の対立が表面化することが増えています。ダイバーシティ&インクルージョンということが日本でもスローガンのように言われ、多様な意見を積極的に唱える人たちが多くなったこと、そして、インターネットやSNSの普及でだれでも自分の意見を匿名の気軽さで世の中に発信できるようになったことが大きな要因としてあげられます。

しかし、コンフリクトレゾルーションという概念や教育がまだ普及していない日本では、意見の対立が表面化した場合には注意が必要です。

「人との意見の対立は、私たちの生活において自然な出来事である」というコンフリクトレゾルーションの基本コンセプトには続きがあって、「大切なことは、お互いの意見の違いを認め合い、尊重し合いながら、どうやって問題を平和的に、建設的に、ポジティブに解決していくかだ」というのが肝心要なポイントなのです。

意見の違いや対立が起こるのは当たり前だけれども、それをそのままにしていては、エスカレートして過激で暴力的な争いに発展しかねません。ですから、意見の不一致や対立などがある場合、どうすれば、お互いにとってなるべく満足のいく方法で解決できるのか、それを双方が協力し合って考えて実践していくことが重要なのだ、ということなのですが、日本では、この部分が欠落している状況が多くみられるようです。より良いものを生み出していくために多様な意見をぶつけ合い、その過程で議論がヒートアップするのは問題ありませんが、議論がヒートアップするのではなく、非難や批判のみがヒートアップするという状況は好ましいものではありません。

* * *

まとめると、「違いがあるのは当たり前。対立が起こるのは自然なことで、絶対悪ではない。大切なのは、そうした違いや対立をポジティブに変えること」― これがコンフリクトレゾルーションの基本です。日本人には発想の転換が求められるかもしれません。どうすればそうしたことが可能になるのか、コンフリクトレゾルーションの実践法についてはまた別の機会に。

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。

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