この過程で、敏夫さんはたびたび体調を壊し、救急車で搬送される。入退院を繰り返すようになっても、総子さんは敏夫さんを責め続けた。兄や大島さんが止めに入ると、「お前たちはいつもお父さんの味方をして、私を悪者にする」と怒りはさらにエスカレートした。たまりかねて、敏夫さんや兄までもが泣いてしまうこともあった。
「兄は、父が介護ウツになっているのではないかと疑っていました。母が『あんたなんかいらない。役立たず』と言うと、それをまともに受けた父が号泣。母はなぜ父が泣いているのかわからず、兄に電話したそうです。電話口で、父が『もうダメだ』と言っていると」
大島さんは、両親を一緒に病院に連れて行った。診断は――
「父はウツ傾向が強いと、そして歩行状態も悪くなっていた母は、『正常圧水頭症』の疑いがあると言われました」
脳と頭蓋骨の間や脳の中には髄液が入っており、絶えず循環し新しく入れ替わっている。ところが加齢や頭への軽度の衝撃などの要因で、脳内に髄液が溜まってしまい脳の働きが悪くなることがある。これが「水頭症」だ。認知障害、歩行障害、尿失禁という症状が特徴で、手術をすれば症状が治る場合もある。
しかし、このとき総子さんは専門外来のある病院への紹介を拒否している。
そして、敏夫さんは介護保険を利用することになった。腹痛がひどくなるなど、体調悪化が顕著になり、ついには意識障害を起こして入院。要介護5となったのだ。
【その2に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。