取材・文/坂口鈴香
「親の終の棲家をどう選ぶ? 『義父に孫娘の花嫁姿を見せたい』介護にはゴールがあった」(https://serai.jp/living/1082600)で紹介した迫田留美子さん(仮名・50)の家族がコロナウイルスに感染し、糖尿病を患っていた高齢の義父は残念ながら亡くなってしまった。しかも感染源は、義父が白内障手術のために入院していた病院だったこともあり、迫田さんの後悔は大きかった。入院できずに自宅療養を余儀なくされた人たちが、重篤になり苦しんだのはこの少しあとのこと。PCR検査でずっと陰性だった娘も肺炎を起こし、迫田さん夫婦と一緒の病院に入院できたのはまだ幸運だったと振り返る。特に迫田さんの夫は一時重症化したが無事退院でき、迫田さん自身も後遺症はあるものの「生きていること」に感謝していたのが印象的だった。
第7波がようやく静まりかけている現在。迫田さん家族が感染したときとは違い、ワクチンの3回目接種を受けた人は2022年8月30日時点で64%となり、重症化リスクが低くなっているというデータもある。それでも高齢者のいる家庭は、親に感染させたくないと感染対策には気を遣っている。
東京都内で80代の両親と暮らす佐野しのぶさん(仮名・52)もその一人。両親も佐野さんも3回ワクチンを打っていたが、友人と会ったり外食をしたりすることもなく、勤務先での昼食も弁当を持参し一人で手早く済ませていた。仕事から帰宅するとすぐに入浴し、着ていた服を洗濯する。タオルも両親とは別にするなど、考えられる対策はすべて行っていたという。
家族3人が次々に感染
母親が咳をしているのに気づいたのは、7月に入って間もないころだ。熱はなかったが、倦怠感を訴えたため2日後にかかりつけ医で検査をしたところ、陽性が判明した。
「咳が出る2日前に、母は趣味の集まりに出かけていました。昼食を皆で食べていたというので、多分そこで感染したのだと思います。母はカレンダーのその日に“うつされた”と書き込んでいました。そのグループはかなり感染者が出たのではないかと思いますが、犯人捜しになりそうなので、コロナのことは触れないようにしているようです」
母親の咳が出だしてからは、佐野さんは前にも増して家庭内の感染防止に気を遣った。
「何かに触るときにはビニール手袋をして、そのあたりのものは手当たり次第に除菌シートで拭いていました」
ところが母親の陽性がわかった翌日には、父が発熱し陽性と判定された。佐野さんは自宅待機期間が終わる前日に検査をしても陰性だったため、感染せずに済んだと安心しかけていたところ、その翌日に発熱した。
「かかりつけ医に連絡すると、“みなし陽性”とのことでした。もっとも検査するまでもなく、両親に比べて私が一番症状が重く、3日ほど38度台の熱が続いて咳もひどかった。父も私も解熱剤で対処するしかありませんでした」
ご近所にバレることを恐れる母
母親が陽性になり家族全員が外出できなくなったので、都の配食サービスを申し込んだ。母親が気にしていたのは、佐野さんが思いもよらないことだった。
「配食サービスが家に来るとき、段ボールを抱えた人が来て『保健所からです』と告げられると、ご近所にコロナだとバレてしまうと母は心配していたんです。実際には『都です』と言って、門の外に置いてくれたので安心しました。ちゃんと配慮してくれているんだなと思いました」
この配食サービスは、一見充実しているように思われた。
「食料がぎっしり入った箱が2箱と、2リットルの水が6本届きました。結構な量でしたし、もちろんありがたかったのですが、高齢者向きではなかったですね。高齢者には食べづらいものが多くて、あまり役に立たなかった。その後感染者が増えて配食サービスの量が減ったようでしたし、父と私は申し込むのをやめました。そもそも私には味覚や嗅覚もなくなっていたので、食欲もわきませんでした」
幸い、近くに住む妹が買い物をしてくれたり、ときには食事をつくって持ってきてくれたりしたので、食料調達問題は解決できたという。
配食サービスが子どもや高齢者などの事情を考慮していないという声に対して、「それなら自分で調達すればよい」という批判も目にする。子どものいる家庭は、子どもが食べられそうなものを親がネットスーパーなどで購入することもできるが、高齢者はネットスーパーを利用できないことも多く、特に高齢者だけの世帯だと配食サービスが頼りだ。感染爆発の状況では、個々人の事情に配慮するのが難しくなるのも無理はないだろうが、そんなときだからこそ弱者への配慮が必要なのではないかとも思う。
なお7月26日から、都の配食サービスの対象者が、「同居している人や知人から買い物の支援を受けられない人、インターネット通販や宅配サービス等での食料品の調達が難しい人など、食料の調達が困難な人」に変更されている。
【親がコロナに感染。「陽陽介護」の実態【後編】に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。