取材・文/坂口鈴香
これまで「親の終の棲家をどう選ぶ」で多くの方の話を聞いてきた。そこで共通するある言葉が気になった。
「サ高住に入居した義父母。こんなはずではなかった」(https://serai.jp/living/1005504)で登場した井波千明さん(仮名・55)は、義父母が入居するサ高住スタッフの対応に疑問を持ったが「スタッフにはお世話になっているので、こちらから不満を伝えることはしないし、できない」と、意見や要望を伝えることははなから考えていなかった。
また前回、「母は管につながれて亡くなった。叔父叔母の介護をする理由」(https://serai.jp/living/1008634)でお話を伺った日高了さん(仮名・54)は、特別養護老人ホームに入った母親がある職員を指して「あの人、怖い」と言い、兄もその職員がほかの入所者に暴言を吐くなどしているのを目撃していたが、「施設に言っても何も変わらない」と、これも最初からあきらめていたのだ。
ホームは“うるさい家族”を敬遠する?
中村万里江さん(仮名・35)は、最近こんな経験をした。
脳梗塞により高次脳機能障害を負った父親が有料老人ホームに入っていたが、母親に進行したがんが見つかった。母親に残された時間が少ないことから、父親と母親が一緒に入れる有料老人ホームを探すことにした。父親が入っているホームでは母親の看取り対応はできないと言われたためだった。
看護師が常駐していて、看取り対応ができるところ、コロナ禍でも中村さんが面会に行けるところ……条件は厳しかったが、自宅近くから、沿線の隣県にまで範囲を広げて探した結果、ようやく希望に合うホームが見つかった。
母親の残り時間が限られていたので急いで探したとはいえ、それでもホーム紹介会社の職員に同行してもらって見学し、施設長の話も聞いて、納得できるホームを探したつもりだった。
それが、両親を入居させたその日。母親の着替えの途中で職員がいなくなり、そのまま放置されたり、点滴がなくなっているのに看護師がシフトを交代し、次の看護師に引き継がれていなかったりと、「この対応はまずいのでは?」と思うできごとが相次いだという。
「入ってわかったんですが、施設長は休日なしで毎日働いているほど人手不足のようでした。なのに親が入居したその日から、ホームに文句を言うようなことになっていいのか? もう少し様子を見てから言った方がいいのか、悩みました。入って早々、“うるさい家族”だと職員に思われたら、両親にとってデメリットになるんじゃないかと」
結局その日は何も言わずに帰ったのだが、数日後、母親が呼び出しボタンを押しても職員がなかなか来なかったため、自分でトイレからベッドに移ろうとして転倒したという連絡が入った。事情がわからないこともあり、「施設を疑い出したらキリがなくなる」とあまり考えないようにしたという。
まだ若く、物おじしないタイプの中村さんでも、最初に挙げた2人のように、親を預けているホームに対して文句――というより、まっとうな意見を言うことさえ差し控えているという現状に疑問を抱いた。
ホームは“うるさい家族”を嫌がるのか。何も意見を言わない家族と、意見を言う家族なら、どちらが親にとってトクなのだろうか。家族が何も言わないのをいいことに、逆に放っておかれることはないのか? 少しうるさいくらいの方が、職員は気を遣って、親に丁寧に対応してくれるのではないのか?
そんな疑問を、ホーム紹介会社勤務の経験があり、現在は有料老人ホームで生活相談員をする丸田明宏さん(仮名)にぶつけてみた。
中村さんの例は、「ちょっと考えられませんね……」と言いながら、次のようにアドバイスをしてくれた。
疑問があればはっきり言うべき
ホームに対して疑問に思ったことは言った方がいいです。
「これはどうなのか?」と思うような対応、中村さんのような例が起こる原因として考えられるのは、まず職員間で情報共有ができていないこと。これはご家族が言えば、気をつけてくれるようになるはずです。もうひとつ考えられるのが、職員の手抜き。ホームが人手不足であるという話からも、この理由は十分考えられます。だから、意見を言っても職員が反省するかどうかはわかりません。ただ、気にはしてくれると思います。
「これはおかしい」と思うことははっきり言うべきなのですが、高圧的な言い方はやめましょう。特に入居して間もないのなら、丁寧に「ご相談があります」と切り出して、「こういうことがあったので、気をつけてほしい」と伝えてください。その際、伝える相手は一般の介護職員ではなく、リーダーや施設長。末端の職員では上に伝わらない可能性があります。
【後編に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。