取材・文/坂口鈴香
介護の必要な親が遠くに住んでいると、仕事を続けながら介護をするのはそう簡単なことではない。子どもの近くに来ないかと聞いても、親もそう簡単に住み慣れた土地を離れる決心はつかない。それなら、できる限り子どもが親のもとに通うしかない――そう考える子どもは多いだろう。
「親の終の棲家をどう選ぶ? 認知症になった母」「同 東京に戻ると冷静になれる――遠距離介護を成功させるコツ」で登場した上野さんは、フリーランスだったので、東京にいる間に仕事を集中的にこなす、という働き方が可能だった。では、フルタイムで働いている場合はどうすればよいのだろうか。今回は、遠距離介護をする場合の働き方を考えてみたい。
ここで参考になるのが、厚生労働省が出している『仕事と介護 両立のポイント』だ。モデルケースとなる遠距離介護の事例が紹介されており、1週間の親子それぞれのタイムスケジュールも掲載されているので、自分のケースに近い事例を読んでみることをおすすめしたい。
平成29年度版 両立事例一覧
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/29_syosaiban_list.pdf
平成28年度版 両立事例一覧
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154738.pdf
平成28年度版から、遠距離介護の事例1と事例9をピックアップして、仕事と介護を両立させるためのポイントを考えてみよう。
■事例1:木曜夜に東京から静岡に帰省。金曜日はテレワークをする女性
出典:「平成28年度版 仕事と介護 両立のポイント 両立事例1~3」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154739.pdf
事例1の女性の働き方の特徴は、木曜日に終業するとその足で帰省し、金曜をテレワーク日に充てていることだ。
ケアマネージャーとの状況確認やサービス担当者会議など、介護に関するやりとりは、原則として平日でないとできないことが多い。この女性のように平日に帰省しておくと、それらのやりとりができるのでメリットは大きい。
また、この女性はテレワークをする金曜日は、朝6時から午後3時半まで業務を行い、その後の時間を訪問医の対応やケアマネジャーとの面談、サービス担当者会議、サービス事業者との契約手続きなどに充てているという。さらにテレワーク中は、業務に集中できるよう訪問介護や家事援助サービスを利用していることも仕事と両立するためのポイントだ。
そして土曜日も、父親は通所サービスを利用することで介護者が休息できる時間を確保している。毎週末、帰省する身体的負担を少しでも軽くするための知恵だといえるだろう。
■事例9:平日は「定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービス」を利用。神奈川県から愛媛県の両親のもとに通う男性
出典:「平成28年度版 仕事と介護 両立のポイント 両立事例7~9」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000154741.pdf
この男性の実家は、空港や市内からさらに時間がかかるところにあるというので、遠距離介護の中でも“超”のつく遠距離だ。しかも60代で教員として働いているので、その身体的負担は極めて大きいといえよう。
この男性の場合は、父親が亡くなったあと、母親は「定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービス」による見守りを利用し、ヘルパーだけでなく看護師とも連携している。このサービスは随時対応なので、自宅でボタンを押すとヘルパーステーションにつながる緊急通報サービスも利用できる。さらにヘルパーには、通院時の付き添いを自費でお願いすることもあるという。こうして、家族が近くにいなくても臨機応変に対応できる体制を整えているのが、フルタイムの仕事をしながら“超”遠距離介護を続けられる大きなポイントだろう。
また、介護休暇や有給休暇の使い方は見習いたいポイントだ。介護にかかる各種手続きは介護休暇を利用して行うほか、時間単位で取得できる有給休暇制度を利用して、仕事を早めに切り上げ、新幹線と船で翌朝愛媛に到着するという方法も取っている。前回、「遠距離介護 交通費を節約するには?」で紹介した長距離夜行バスと似た帰省手段だが、この男性は体を横にして休むことのできる船が、体力的にもっとも楽だったという。交通手段はいろいろな方法を試してみて、自分に合った方法を選択するのが良いということだろう。
なお、このケースで母親が利用している「定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービス」、聞いたことがないという人も多いかもしれない。ヘルパーなどが定期的に利用者の自宅を訪問して、入浴や排せつ、食事など日常生活上の世話を行ったり、看護師が訪問したりするほか、緊急時はオペレーターが通報を受け、利用者の状況に応じて随時対応するという柔軟なサービスだ。介護が必要になっても、自宅で24時間安心して暮らすために設けられたもので、遠距離介護だけでなく、親が一人暮らしの場合でも理想的なサービスなのだが、残念ながら人手不足などの理由から、全国的に普及が進んでいるとは言えないのが現状だ。
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今回は、遠距離介護と仕事との両立事例を見ながら、その成功ポイントについて解説した。
遠距離介護においても、親や子世代の状況は十人十色だ。自分に似たケースを探して参考にしつつ、その状況に応じて最適なサービスを利用してほしい。そして、自分が直接介護をしようとするのではなく、介護サービスのマネジメントをするという姿勢が大切だ。介護離職が頭をよぎることもあるかもしれないが、壁にぶつかっても一人で抱え込まず、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談して、仕事をやめなくてもすむ道を探してほしいと思う。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。