第39号「ビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

ジャズにはほんとうに多彩なフォーマット(編成・形式)があります。たったひとりのピアノ・ソロからビッグ・バンドまで人数の幅も大きければ、聴いた感じも、しっとりと優しく囁きかけるヴォーカルから騒音一歩手前の刺激的なフリー・ジャズまで、極端に印象が違いますが、これらすべてが「ジャズ」なのです。

そのきわめて多様なジャズのうちで、もっとも豪華絢爛たるジャンルは何か? それはなんといってもビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカルにかなうものはないといっていいでしょう。なにしろ10名を超す腕っこきのジャズマンたちが力を合わせ、ひとりの歌手を輝かせようとするのですから、聴きごたえがあるのは当然なのです。

しかしこの豪華なフォーマットが、じつは「メイン」ではなかった、というのがジャズの面白いところなのですね。というか、ここが「ジャズ」という音楽の特殊性といってもいいのかもしれません。

一概にはいえませんが、多くの音楽ファンにとって音楽に歌が入っているのは当たり前ではないでしょうか。ロック、ポップスのジャンルでは、まあだいたい歌が入っていますよね。しかし、ジャズは、わざわざ「ジャズ・ヴォーカル」という言い方をするくらい、どちらかというとインスト(器楽)中心の音楽ジャンルなのです。似たようなことはクラシックでもあるようで、オペラ・ファンはクラシック愛好家の中でもちょっと特殊な存在ということのようです。

■ダンス・バンドの変容

ジャズのビッグ・バンドは、もともとダンス・バンドでした。1920年代にニューヨークで活躍した、フレッチャー・ヘンダーソン(ピアノ)のバンドなどがその代表です。こうしたダンスの伴奏をメインの役割とする「ダンス・バンド」に、シカゴからルイ・アームストロングがコルネットを抱えてやって来たことで、ビッグ・バンドの歴史が変わるのです。それまでのスムース&メロウな演奏に、小気味よいスイング感とジャジーなガッツが加わったのです。ビッグ・バンド・ジャズの始まりです。これらはみなルイの功績なのです。

とはいえ、急にダンス・バンドとしての需要がなくなるはずもなく、スイング時代に一世を風靡したベニー・グッドマン・オーケストラやジャズの代名詞的存在であるデューク・エリントン・オーケストラですら、ダンス・ミュージックを提供するという役割とは無縁ではなかったのです。だからこそ、グッドマン・オーケストラの人気を示す「観客が思わずダンスをやめて演奏に聴き入った」という出来事が、ジャズ史上のエピソードにもなったのですね。

そしてこのビッグ・バンドには、必ずといっていいほど専属で「バンド・シンガー」がいました。もちろん彼ら彼女たちはバンドに花を添えるためですが、他の重要な目的もあったようです。つまり、お客さんたちもぶっ通しで踊り続けるわけにもいかないので、ときたま「中休み」が必要なのですね。そうしたとき、ダンサブルな演奏の合間にしっとりと歌を歌うバンド・シンガーの存在は、大きな注目を集めたのでした。

ということは、ダンス・バンドという役割の中でこそ「メイン」ではなくとも、お客さんたちの注目を集めるのはむしろ歌手たちだったのです。だって、踊っている間はあまり演奏そのものには感心は向かないでしょう。ただ、「踊りやすい演奏」であればいいのですから……。

というわけで、必ずしも「これだけの人数が必要」ということでヴォーカリストのバックにビッグ・バンドが付いたということではなかったのですね。その証拠と言ってはなんですが、第2次世界大戦が始まってバンド経営が難しくなるとバンド・シンガーは独立を余儀なくされ、より小規模な編成をバックにして歌うようになるのです。その影響は大戦終了後も尾を引き、「モダン・ジャズ黄金時代」と呼ばれた1950年代から60年代にかけてのジャズ・ヴォーカルの大半が、比較的小規模編成による「歌伴」(伴奏バンド)を従えていたのです。

また経済的にも、そのほうが移動やレコーディングの費用が軽減されるというメリットが、この傾向をあと押ししたといえるでしょう。

■最高に輝かせる「歌伴」

とはいえ、やはりビッグ・バンドならではの長所があるのも当然で、そのあたりの事情も説明いたしましょう。

まず、楽器の数が多いので厚みのあるアンサンブル・サウンドによって、歌手の歌声をゆったりと包み込むことができるのがビッグ・バンドの大きなメリットでしょう。なんといってもヴォーカリストひとりの声では「単旋律」しか表現できないので、音楽として「音の隙間」ができてしまうことは否めません。ビッグ・バンドは音域の広さ、音色の多様さという最大のメリットを生かし、音楽としてのトータル・サウンドの密度を上げることができるのです。

くわえて、ビッグ・バンドならば、クラシックでいう「協奏曲」的表現が可能となります。ちなみに協奏曲とは、マルタ・アルゲリッチのような人気ピアニストやヴァイオリニストがひとり前面に出て腕前を披露するスタイルなのですが、豪華にもバックにベルリン・フィルのような大管弦楽団が付いて、思いっきりソリストの演奏を引き立てたり、ソリストとの対話的なシーンを展開したりする、クラシック音楽の中でも人気のフォーマットです。

ビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカルは当然こうした趣向が盛り込まれており、いやがうえにも歌い手の魅力を引き立てているのですね。また、音楽の原点に立ち返ってみれば、器楽演奏と歌唱はもともとくっついたもので、それがきわめて豪華な形で実現しているのがビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカルなのです。

もちろんビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカルはダンスの合間の「添えもの」などではなく、まさに歌い手を光り輝かせるため大編成のビッグ・バンドが渾身の演奏で「歌伴」を務めた、豪華きわまりない楽曲ばかりです。とはいえ、やはりバンド・サウンドも聴きどころで、快適なスイング感がたまらないカウント・ベイシー・オーケストラや濃密なバンド・サウンドが魅力のデューク・エリントン・オーケストラなど、当代一流のビッグ・バンドの華麗な演奏が堪能できるところも大きな楽しみなのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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第39号「ビッグ・バンド・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

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