取材・文/坂口鈴香

今年の4月から放送されてきたドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日)が終わった。楽しみに視聴していたサライ世代も多かっただろう。豪華キャストも話題を呼んだが、高齢者の喜びや悲しみ、孤独がリアルに描かれ、幅広い世代の共感を得た。

舞台となったのは高級老人ホームだが、問題はその施設とサービスだ。これが実際の有料老人ホームだったとしたらどうだろう。そのウソとマコトを検証したい。

前回は「やすらぎの郷」のような老人ホームが実在するかについて、入居要件や立地を中心に見てきたが、今回は住みやすさの点から検証してみよう。

■コテージ型居室に潜むワナ

劇中で描かれた「やすらぎの郷」の居室はコテージ型だった。それも広い敷地の中に点在しているタイプだ。廊下などでつながっているわけではなく、それぞれが独立した家のように見えた。

各居室の距離はわからないが、少なくとも事務所やレストラン、バーなどのある管理棟とはある程度の距離がありそうだ。管理棟から居室まで戻る際には、石坂浩二扮する菊村栄は徒歩だったが、ゴルフ場のカートのような車で施設内を行き来するシーンもあったので、移動する場所によってはカートを利用することもあるのかもしれない。

筆者が気になったのは、夜にバーで飲んだあと、真っ暗な敷地内を懐中電灯をつけて居室に戻るというシーンだ。ホーム入口の門では厳しいセキュリティチェックが行われているものの、あれだけの敷地だ。どこから不審者が侵入してもおかしくない。

不審者がいなくても、海を臨む高台となると、何かにつまずいて転ぶことは容易に想像がつく。若者ならいざ知らず、いくら元気だとはいえ、入居者のほとんどが70代以降の高齢者なのだ。ましてや、及川しのぶのように認知症で徘徊するようになったら……? 居室に戻ることさえできなくなって、どこかに迷い込む可能性もある。よくこれで事故が起きなかったものだ。

実際のホーム運営側がもっとも恐れるのは、入居者のホーム内での事故だ。「やすらぎの郷」では毎朝安否確認が行われてはいたとはいえ、夜に敷地内で事故があり、どこかで倒れていてもおそらく朝までは誰からも気づかれないだろう。

■3度の食事に傘をさして……

コテージ型居室のデメリットはもうひとつある。天気の問題だ。

もし自室にキッチンや浴室があれば、居室内だけで生活を完了させることもできるだろう。ところが「やすらぎの郷」には、居室に浴室はなさそうだ。

キッチンはどうだろう。コーヒーを入れるシーンが多かったことからすると、流しくらいはあるのかもしれない。電磁調理器を設置すれば、簡単な調理くらいなら可能だろう。しかし「やすらぎの郷」には豪華なレストランが完備されていて、菊村氏ら男性陣だけでなく女性陣もそこで食事を摂るのが普通のようだった。

となると毎日、多いと1日3回は、レストランまで遠いコテージから足を運ぶ必要が出てくる。

毎日天気がいいわけではない。台風の日もあれば、雪が積もる日もある。傘をさし、ときには長靴を履かなければならないこともあるだろう。

寒い朝も、猛暑の日中も、食事を摂るために、もしかすると入浴するためにも、いったん外に出てレストランや大浴場に行かねばならないのだ。これは、高齢になるほどきつい。

入居時自立型ホームには、通常は居室にキッチンや浴室が付いている。それでも、「せっかくホームに入ったのだから家事からは解放されたい」と、食事はホームのレストランで摂り、浴室の掃除もしなくてすむように大浴場を利用する入居者は少なくない。朝食だけは自室で簡単に済ませる人もいるが、男性は特に自分で食事をつくることはあまりないようだ。

ちなみに入居時自立型の場合、居室の掃除はスタッフはやってくれない。掃除も食事も別途料金が発生する。

たとえば台風で屋外に出るのが危険な場合や、体調が悪くて自室を出られないときなどは、スタッフが部屋まで食事を運ぶなどのサービスは行っているが、それは限られたときだけだ。

■殺虫剤が必需品になる!? 

ホーム選びに際して、緑の多い、自然豊かな環境に惹かれる人は多い。老後は都会の喧騒を離れて静かに過ごしたい……そんな理想もよくわかる。が、コテージ型の玄関を開けると、飛び込んでくるのは緑だけではない。そう、虫だ。

リゾート型ホームでも、マンションのような建物なら居室のドアを開けてもすぐに外に直結しない。それに高層階なら、虫はあまりいないだろう。それが独立型のコテージとなると、日々虫との闘いになる。

実際、似たようなホームの玄関や窓辺のあちこちに殺虫剤や蚊取り線香が置かれているのを見て、「ああ、やはり」と同情したことがある。いくら自然が好きな人でも、日常生活が常にやぶ蚊攻撃にさらされるとさすがにうんざりだろう。いわんや、虫嫌いな人をや。

ホームになじむより、「玄関を出る前に、まず虫よけスプレー」が習慣になる方が早いかもしれない。

*  *  *

以上、今回は「やすらぎの郷」のような老人ホームがあったとして、住みやすいかどうかについて検証してみた。

吟味に吟味を重ねて、リゾート型ホームに入居した男性から、「失敗だった」と打ち明けられたことがある。リゾート地にあるとはいえ、リゾート施設ではないのだから当然だが、期待値とのズレは深刻だ。

「ホームを選ぶ際には、必ず見学をしましょう。体験入居もしてみましょう」というのは、もはや常識となっているが、1週間体験入居をしてもそれだけでは足りない。入居時自立型ならなおさらだ。暑いときも、寒いときも、そこでの生活をしっかり想定して体験してみるのが、「こんなはずではなかった」ということにならないための対策なのだ。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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