北関東の河川敷で行なわれた『麒麟がくる』長良川の戦いのロケ。

北関東の河川敷で行なわれた『麒麟がくる』長良川の戦いのロケ。

「最後の、道三と高政親子の戦いを、おそらく極寒の時期に撮影する可能性もあるんですね。その撮影に耐え得るかなぁっていう。今ちょっと体力的なことが心配ですね」

昨年の取材時にそうもらしていた本木雅弘さん。NHK大河ドラマ『麒麟がくる』で、初回から登場する斎藤道三役を演じてきた。

その長良川合戦のロケ撮影を見学させてもらえることになった。
1月末の撮影だったが、幸い青空が広がり、日差しが強いくらいの日よりだった。本木さんが心配していたような極寒はなく、甲冑や装束を着ていたら、むしろ暑いくらいだったかもしれない。

私たちが現場に到着したのはお昼頃だったが、キャストやスタッフは早朝からずっと撮影を続けていたそう。この時期としては異例なくらいの暖かい日だったが、それでも関東某所の河川敷には時折、川風が冷たく吹き抜けていて、長丁場のロケ撮影は確かに心身の負担が大きいのだろうな、と思った。

スタッフ、キャストが総勢100名ほど。この日は、長良川の戦いのロケが行なわれていた。生死をかけた親子対決。広い河川敷一帯に、緊張感が漂う。煙をたくスタッフが四方に散って、瞬く間に辺りが戦煙に包まれた。そこに、馬を駆って煙の中から入道が姿を現した。本木雅弘さん、いや、斎藤道三だ。

「無念な魂を鎮めていただけるよう演じる」

昨年のインタビュー時に、義母で女優の樹木希林さんの言葉として本木さんが引用した一節だが、本木さんはこの言葉に一種の衝撃を受けたようだ。鎮魂のための演技。魂の演技。斎藤道三を演じようという時、この言葉に本木さんが出会ったことは、何かの啓示だったのかもしれない。

ロケ地で見た渾身の演技のぶつかり合い

裹頭を被り、じっと時を待つ斎藤道三(演・本木雅弘)。

裹頭を被り、じっと時を待つ斎藤道三(演・本木雅弘)。

本木さんといえば、主演映画『おくりびと』がアカデミー賞を受賞するなど、日本を代表する名優のひとりに数えられる主演クラスの俳優だ。しかし今回、『麒麟がくる』ではあえて主演でなはなく、しかも途中で死という形で舞台から降りることがわかっている斎藤道三を演じている。脚本を読んですぐ、快諾したという。

「(役者としての)幅を広げるときに、悪役って必要になるじゃないですか。(中略)悪役ってもうひとうねり、ひとひねりして演じないと認めにくい人間だから、そこの難しさとおもしろさがありますよね」

初めて密着取材を受けたというNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』(令和2年3月28日放送)で、本木さんはこう語っていた。既に一流の俳優として確固たるものを持っているに違いないと思っていたし、そのようにしか見えなかった本木さんだが、意外にも、「50過ぎてから、精神的には踏み迷っているっていう感じがなんとなくある」のだという。

「出たとこ勝負で出てくる自分の素というのを、いまいち信用できないんですよね」

だから、撮影現場でも常に自分を厳しく見つめ、納得がいくまで撮り続ける。
そんな本木さんだが、この日の撮影までに、どうやら完全に道三が乗り移っていたようだ。カメラが回っていない時、ひとりイスに座って待機していた本木さん。そこにはいつもの「静」なる本木さんがいたが、匂い出るのは、道三の燃えるような魂だった。

そして、本番。息子である高政(演・伊藤英明)と対峙する場面だ。戦の大将同士であり、血を分けた親子が、命を懸けて向き合う。

本木道三は、自らの頭巾をはぎ取り、素の自分、父としての自分をさらけ出した。自分の出自を偽る高政に対しての、最後の忠告ともとれる。父を乗り越えようとしてか、声を張り上げて応じる高政。

道三の命の炎がもうすぐ燃え尽きることは、歴史の上で誰もが知っている事実だ。その直前の魂のぶつかり合い、渾身の演技のぶつかり合いを見て、思わず固唾を飲んだ。

きっとこのシーンは、ドラマの中でほんの数分なのだろう。それを時間をかけて、幾度も撮り直しながら微調整し、画面を作っていく。大河ドラマの撮影は規模が違う、とよく耳にするが、実際にこうやって緻密に撮っているのだというのが、よくわかった。

撮影は、陽がとっぷり沈むまで行なわれた。帰路につく私たちを、甲冑姿のままの伊藤英明さんが通り越していった。まさに、武者。その一瞬、戦国時代がそこにあった。

さて、どんな魂の昇華を見ることができるのか。今から身震いが止まらない。

優れた武将だった高政(演・伊藤英明)だが、父・道三を乗り越えられるのか…。

優れた武将だった高政(演・伊藤英明)だが、父・道三を乗り越えられるのか…。

文/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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