取材・文/坂口鈴香
今回は、親の終の棲家を運営する側の話をお届けしている。
「養護老人ホーム」で施設長を務める鶴田康代さん(仮名・57)は、ある修道会に所属するシスターでもある。鶴田さんの勤める養護老人ホームは、この修道会が運営を委託されている。
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■家族ってなんだろう
鶴田さんの宣教の場である「養護老人ホーム」とはどんなものなのか。入所者はどんな生活を送っているのだろうか。
「養護老人ホームの特徴ですが、やはり経済的に困窮している方、生活保護受給者などがまず入所対象になります。また、家族からの援助が見込めないことも要件となります。遠方の家族でも、仕送りで支えられるのであれば、入所は必要なしということになります。
今月入所された方がいらっしゃるのですが、持病があり、生活保護を受けながら、いわゆる“ゴミ屋敷”のような環境の中で一人暮らしをされていたのを“救出された”かっこうでの入所ケースでした。
入所者のなかには、以前はお正月に家族といっしょに過ごす方もいらっしゃいましたが、最近はそういう方はほとんどいなくなりました。介護度が全体的に高くなり、帰れなくなったこともありますし、実際どこかにいるはずの家族とまったく連絡が取れない方も何人かいらっしゃいます。
数年前、ある入所者が亡くなられ、遠方に住む息子さんに連絡しましたが、どうしても来ることができないと言われ、仕方なく私が喪主となって、あとのことをしたことがありました。事情もあるのでしょうが、家族って何だろうと思いました。
入所者の介護サービスの受け方ですが、うちの施設は『個別契約型』というものを選択しています。ちょうどサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)のような感じです。ホームの個室が『自宅』とみなされ、訪問介護サービスを受けたり、デイサービスやデイケアにも出かけたりすることができます。介護以外の生活一般は、支援員(かつては寮母と呼んでいました)が見ることになります。介護サービスでどうしてもカバーできない部分は、すべて支援員がお世話しなければならないので、この方式は入所者の介護度が高い場合、大変ではあります。なので、最近は『一般型特定』といって、ホームの職員が一体的に介護サービスも行えるタイプの施設に移行するところが増えています。ただ、このタイプの施設では、入所者は外部のデイサービスなどを利用できません。個別のニーズに応じるという点では弱いようです。
今日は日曜日でしたが、私は朝のミサのあとホームに出勤していました。本来なら、カトリックでは日曜日はお休みの日なのですが、事務所も交代で出てきています。日曜日はデイサービスが休みで、日中すべての入所者が園内にいらっしゃるので、職員さんは大変なようです。養護老人ホームは、特養ほど介護度が高くないといっても、自立の方はごくわずかですし、精神的な問題を持っている方の入所が増加するなど、なかなかむずかしいところです」
■ミサに参加して、神父様の話を楽しみに聞いている方も
そんな状況下で、修道会が運営する施設と、そうでない施設とで違いはあるのだろうか。
「そうですね、個人的にはうちの職員さんは優しいなと思っています。地域性もあり、職員の約半数はカトリック信者の方なので、多少影響はあるのではないでしょうか。この5月はカトリック的には『聖母月』といって、マリア様への信心を深める月です。仏教の方もマリア様には親しみを感じるようで、聖母祭といった行事にも喜んで参加してくださいます。聖母祭には、玄関ホールが色とりどりの花で飾られます。
カトリック信者の入所者と、そうでない方の関係ですが、みなさん仲良く生活していらっしゃいます。そもそもカトリック嫌いの方だったら、うちのホームに入ろうとは思われないでしょうね。毎週のミサに参加して、神父様の話を楽しみに聞いている方もいます。
入所者のエピソードをひとつ。うちの事務所には入所者の方も結構自由に入ってこられるのですが、あるおばあちゃんは夕方になると、はにかみながら『あの……突然ですが、今夜は泊めてもらえんですか?』と言ってこられます。それで私や事務員さんは『ああ、よかですよ。どうぞー』と言ってお部屋に帰っていただきます。こういうやり取りは心がほっこりします。認知症の症状にもいろいろあり、神経がすり減るようなケースもありますけれど。
現在の入所者の最古参といってもよいTさん。とてもお元気なうちから入所され、手芸が上手で、ホームで習い覚えたパッチワークであっという間にバッグをつくり、それをほかの方たちにあげて喜ばれるのを楽しみにされていましたが、高齢になり最近は体調を崩して車いすの生活になりました。それとともに少し認知症の症状もあらわれ、先日も『あたしゃ、なーして、こげんところに入っとっとじゃろか?』とおっしゃっていました。また『こぎゃん、ばきゃん(バカの)世話ばせんばって、あーたたちも苦労たいね』とも。お元気なころを知っている身としては、切なくなります」
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。