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『麒麟がくる』で展開された今川義元の出陣シーン。足利一門の名門がついに松平竹千代、織田信長と絡んでくる。今川義元とはどのような人物だったのか?

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片岡愛之助演じる今川義元

片岡愛之助演じる今川義元

ライターI(以下I):今川義元(演・片岡愛之助)の出陣シーンは一瞬でしたが、かっこよかったです。

編集者A(以下A):戦国時代は道も狭いですから、一列縦隊がリアルなんでしょうね。1965年の大河ドラマ『太閤記』での本能寺の変の光秀軍も一列縦隊で行軍していました。

I:以前の〈義元観〉といえば、桶狭間の戦いの際に塗輿(ぬりこし)に乗っていたことから〈太っていて馬にも乗れない〉、〈軟弱な公家風武将〉のようなイメージで描かれることが多かったような気がしますが。

A:大河ドラマでいうと、『太閤記』で三国一朗さん、1983年の『徳川家康』で成田三樹夫さん、1988年の『武田信玄』で中村勘九郎さん(後に18代勘三郎)などが演じています。そんなに軟弱感はないような気もします。そもそも今川家は、家格が厳格だった室町時代にあっては足利一門の名門として別格扱いの名家でした。当時の織田や松平とは横綱と十両くらい格が違う。

I:横綱と十両ですか? あまりピンときませんけど、格差があったということですね。

A:今川家は足利一門の名門ですが、義元の時代はもっとも勢力を伸ばした時代のようです。義元はやり手の戦国武将なんですよ。しかも、家督を継ぐ際は、修羅場を潜り抜けています。

I:修羅場とはなんですか?

A:もともと今川家の家督は義元の兄・氏輝が継承していました。弟の義元は仏門に入っていて、栴岳承芳(せんがく しょうほう)と名乗っていました。後に義元の軍師役を務める太原雪斎(たいげん せっさい/『麒麟がくる』では演・伊吹吾郎)とともに京都の建仁寺で修行したそうです。

I:ああ、そういえば建仁寺の塔頭の霊源院で昨年、今川義元生誕500年の特別御朱印を頒布していました。

A:はい。ところが、兄の氏輝ともうひとりの兄の彦五郎が天文5年(1536)の同じ日に亡くなってしまうのです。

I:たなぼた的に家督を継承したということでしょうか。

A: いえ、実は仏門に入っていたもう一人の兄弟・玄広恵探(げんこう えたん)がいて、家中を二分する戦いが勃発したんですよ。花倉の乱といいます。隣国相模の北条氏綱の援軍を得るなどして、その戦いに勝利して家督を手中にしたのです。

I:そのような修羅場があったとは!

A:家督を継承した義元は、甲斐の武田信虎の娘と結婚するのですが、このことで、花倉の乱で支援してくれた北条氏綱を怒らせてしまいます。合戦に発展してしまいます。さらに三河では織田信秀の間での合戦が繰り広げられる。

I:あちら立てれば、こちら立たずの状況ですね。本当に戦国時代はややこしい。

A:そうした苦境も潜り抜けて、領内では善政を敷いたということですから、たいした人物だったと思われます。その今川義元を当時まだまだ弱小の存在だった織田信長がどう倒すことになるのか目が離せません。

I:なるほど。それは本当に楽しみです。でも義元は、桶狭間の際には塗輿で出陣しているのですよね?

A:『麒麟がくる』でも時代考証を担当している小和田哲男先生がご著書でも書いていますが、塗輿は足利一門のみが認められた権威の象徴です。尾張出陣にあたってのデモンストレーション的な意味合いだったと思います。それも含めて、今後の展開が楽しみですね。

I:なにはともあれ、松平竹千代も今川の人質になったわけですが、今川はきちんと竹千代に学びの場と師を与えます。それはそれで竹千代は、今川に対して感謝しなければならないですね。

A:松平竹千代に太原雪斎が与えた影響は大きかったでしょうね。ちなみに1987年放送の大河ドラマ『独眼竜政宗』では、幼少期の政宗に虎哉宗乙(こさい そういつ)という僧がいろいろ教えていました。どのような師につくかというのは重要だったんですね。

将軍足利義輝と三好長慶政権

向井理演じる将軍足利義輝

向井理演じる将軍足利義輝

I:『麒麟がくる』第11話では、今川と織田の戦いを将軍義輝に仲介してもらうべく、光秀が美濃守護・土岐頼芸を訪ねます。

A:斎藤高政(演・伊藤英明)が、父・利政(道三)に敵意むき出しにするセリフもありました。戦国時代ですから親子であっても敵対することが多かったんですよね。ちょうど同じ時期に将軍義輝は、奥州伊達家の稙宗、晴宗親子の諍いの仲介をしています。以降、島津と伊東、毛利と尼子など全国各地で大名間の調停の労をとっています。各地で同じようなやり取りがあったのかもしれませんね。

I:なるほど。下剋上時代の将軍とはいえ、足利家の権威は健在なのですね。

A:歴代将軍がみなやっていることですが、伊達政宗の父・輝宗や毛利輝元、上杉輝虎(後に謙信)に〈輝〉の字を与えています。ちなみに『麒麟がくる』でも登場している三淵藤英(演・谷原章介)、細川藤孝(演・眞島秀和)兄弟の〈藤〉の字は、義輝の前名〈義藤〉の藤ですね。そして、上杉謙信や織田信長が上洛して義輝に拝謁するのはもう少し後になります。

I:さて、この頃の京都は、将軍義輝と三好長慶や細川晴元、さらには松永久秀などが、決裂と和睦を繰り返したり、人物関係がややこしいですよね。

A: そうです。このほかに細川氏綱とか様々な人が絡んでいるわけですが、ドラマでそこまで細かく描くと難解になりますからね。第5話で鉄砲鍛冶の伊平次が遊郭で、人間関係をわかりやすく説明していましたが、この時期の将軍義輝、三好長慶などの関係は本当にわかりにくい。極端にいえば、〈昨日の味方が今日は敵〉のような状況ですし、将軍が京都から脱出している時期も多い。なかなかドラマで描くのは難しい時代なんです。

I:そこに敢えて挑戦していると考えると、なんか感慨深いですね・・・・・・。

A:そうですね。細川家の重臣から一時的にとはいえ、政権を握ることになる三好長慶を登場させる設定に対しては最大限の賛辞を送りたいです。これをきっかけに三好政権の研究が進展してくれたら、やがて、三好長慶が主要キャストになるドラマへの展望が開けるかもしれません。

I:第11話で印象的だったのは、稲葉山城評定での稲葉良通の〈稲刈りの時期だから兵を出せない〉という趣旨の台詞ではないですか?

A:やがて信長は、兵農を分離して年間を通して合戦ができる仕組みをつくり上げます。新旧の対比としては象徴的な台詞でした。でも、その台詞をいっている稲葉良通の子孫は幕末まで大名として続きます。やっぱり世渡りがうまい人が最後に笑うということもあらわしているのかとも思います。

I:この回は、帰蝶と信長のひざ枕のシーンがありました。1973年の『国盗り物語』の松坂慶子と高橋英樹のコンビ以来ですかね?

A:なんか、思いのほか絵になる夫婦になってますね(笑)。

I:さて、話題を変えます。これまで、再三、『麒麟がくる』では甘い食べ物やお国の名産が小道具的に投入されるということを指摘してきましたが、第10話では駒と伊呂波太夫のシーンであぶり餅が登場しました。今も京都の今宮神社門前で食べられる歴史ある甘味です。

A:駒と伊呂波太夫はいずれも重要な登場人物ですが、架空の存在です。その二人のシーンに当時の京都にすでに存在していたと思われる、あぶり餅を投入して来るとは心憎い演出でした。

戦国時代から現代に続くあぶり餅(写真はイメージです)。

戦国時代には既にあった、あぶり餅(写真はイメージです)。

 

尾野真千子演じる伊呂波太夫。

尾野真千子演じる伊呂波太夫。

I:はい。しかも、劇中では、現在も今宮神社で行なわれている〈やすらい祭り〉で使われている風流傘と類似した花傘も登場していました。

A:『麒麟がくる』では、美濃の干し柿、尾張の干しだこや菊丸が売っている三河の味噌など、お国の名産が頻繁に登場します。その意図について、制作陣に話を聞いてみたいですね。

I:意図? ただの遊び心ではないのですかね?

A:ところで、今回はあぶり餅のお取り寄せはないのでしょうか。

I:あぶり餅は、お店であぶったものをいただくのが美味しいんです。お取り寄せはできません。

A:じゃあ、あぶり餅をいただくには、京都に行くしかないのですね。

I:あぶり餅を食べるためだけに京都に行く。『サライ』っぽいじゃないですか(笑)。

●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。

●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』も好評発売中。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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