『麒麟がくる』の放送再開が、8月30日に決定したことが発表された。再開を待ちわびる中で、今週は過去10年の大河ドラマを振り返る特番が放送される。それに合わせて当欄では、次なる10年を予想する。
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ライターI(以下I):『麒麟がくる』も休止期間が7週目に突入しました。放送再開が8月30日に決まったのは嬉しい知らせですが、もともと東京五輪開催中に5週にわたって休止になる予定だったのが、それをはるかに上回る休止期間になるんですね。
編集A(以下A):大人なら我慢できるかもしれません。でも小学校高学年だったり中学生で『麒麟がくる』にはまっている人は我慢するのがたいへんなのではないでしょうか。
I:そうかもしれません。都知事選の開票速報だったり、『ダーウィンが来た』の特番だったり、日曜夜8時に大河ドラマ以外の番組が放送されているのに違和感を覚えている人が多いのではないでしょうか。
A:今週は『麒麟がくるまでお待ちください』という関連番組が放送されるようですね。
I:番組広報にはこうあります。〈数多くの出演者とスタッフによって作り上げられる「大河ドラマ」。その舞台裏を大公開! 真剣勝負の戦闘シーン、時代劇ならではの激昂シーンの裏側とは!?他にも大がかりなセットや知られざる細かな仕掛け、俳優たちの役作りからちょっと意外なプライベートトークなどなど……。『龍馬伝』から『麒麟がくる』まで、ここ10年の豪華キャストとスタッフたちが挑戦と工夫にあふれた制作現場の熱量をお伝えします。さらに『麒麟がくる』でヒロインの駒役を演じている門脇麦も登場! 後半の見どころも紹介します〉――。司会は春風亭昇太さんと小池栄子さんのようです。
A:舞台裏を見せてくれるのは楽しみですね。以前から美術スタッフの職人ぶりを『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げてほしいと思っていました。それだけで1冊の本ができるくらいだと思いますから、どのようなシーンを見せてくれるのか注目したいです。
I:『麒麟がくる』 後半戦の見どころもやるようです。
A:後半戦に関しては、2回にわたって当欄でも展開しました。キーマンは足利義昭(演・滝藤賢一)と近衛前久(演・本郷奏多)。どんなストーリーになるのかわくわくしますね。ところで、26日の番組が過去10年の大河を振り返るということですが、当欄では今後の10年について展望したいと思います。
I:すでに2021年は渋沢栄一『青天を衝け』、2022年は三谷幸喜さん脚本の『鎌倉殿の13人』が決まっています。
A:2010年の『龍馬伝』から『江』『平清盛』『八重の桜』『軍師官兵衛』『花燃ゆ』『真田丸』『女城主直虎』『西郷どん』『いだてん』『麒麟がくる』と続いていますが、『平清盛』と『いだてん』以外は幕末~明治と戦国で占められています。
I:2022年の『鎌倉殿の13人』はようやく幕末・戦国以外からの選出になったのですね。では、2023年以降はどうなるのでしょうか?
各地が総力を挙げる大河ドラマ誘致合戦
A:大河ドラマが地域振興につながるということで、全国各地で誘致活動が展開されています。主なものを挙げると、北条五代、木曽義仲・巴、楠木正成、加藤清正、藤堂高虎、保科正之、島津義弘、里見一族、徳川宗春、三好長慶などがあり、中には備中松山藩の陽明学者山田方谷(ほうこく)で誘致しようという動きもあります。
I:なるほど。錚々たる面々です。
A:群馬大学の社会情報学部の北村純准教授が2015年に発表した論文(「大河ドラマの誘致 映像作品と地域活性化」)で、〈地域の誘致活動が実るかたちで大河ドラマの歴史人物に採択されたと考えられるケースは,2001 年以降の作品を数えると,2002 年『利家とまつ』、2009 年『天地人』、2011 年『江~姫たちの戦国~』、2014 年『軍師官兵衛』、2016 年『真田丸』の5作品と思われる〉と指摘しています。
I:確率としては約3割なんですね。それでも誘致のロビー活動をする価値があるということですね。
A:大河ドラマゆかりの地となると日銀の各支店が経済効果を試算しますが、数百億円の規模になるそうです。由利公正を主人公にした大河ドラマ誘致を目指した福井県大河ドラマ推進協議会の資料(「大河ドラマのこれまでの誘致活動と今後の活動方針について」)には、県知事がNHKの会長に4回陳情したり、県内の関連団体がNHKの制作局長などに要望書を手渡したりといった活動報告がなされています。
I:そうした誘致団体が全国各地にあるようですから、水面下でさまざまな戦いが繰り広げられているんですね。
A:鹿児島で開かれた時代考証学会のフォーラムを1冊にまとめた『大河ドラマと地域文化 「篤姫」「龍馬伝」と鹿児島』には、NHK会長が鹿児島に来た際に地元の有力者などが陳情したことや、運動の途中に、新潟県、山形県、福島県の3県の知事や代議士が数々の署名を集めて、直江兼続を大河に! という運動をしている情報がもたらされて、〈我々も負けていられない〉と奮い立ったことが記されています。
I:鹿児島の『篤姫』が2008年で、直江兼続の『天地人』が2009年ですから、鹿児島が巻き返したということなんですね。
A:そんなに単純な話でもないと思いますが……。ただ、『天地人』の誘致成功は、誘致を目論む団体のモデルケースとなっているようです。前述の群馬大学の北村准教授の論考にも記されていますが、誘致活動を始めて、NHKに陳情を繰り返すうちに原作小説がないことを指摘されたそうです。この誘致団体のすごいところは、地元新潟県出身の作家火坂雅志さんに原作小説の執筆を依頼して、地方紙に連載されるという段階を踏んだことです。
I:そこまでやって採用されなかったらたいへんでしたね。
A:ですから、今後も前述の誘致団体が推す主人公が採用されることがあるかもしれません。北条五代なんかは見てみたいですし、加藤清正については、一度内々定したものがひっくり返された過去がありますから、熊本城の復興に合わせて採用になるかもしれませんね。
I:一度内定していたというのは、たくさんの大河ドラマにかかわったNHKの大原誠さんの『NHK大河ドラマの歳月』に書かれているエピソードですね。
A:はい。昭和51年のことですね。なんでもいったん池波正太郎さんの『火の国の城』を原作にする作品に決まったそうです。主人公の加藤清正には加藤剛さんと配役まで内定していた。ところが、当時の放送総局長の反対で没になったというエピソードです。
I:すごい話ですね。
未だ大河未登場の足利義満や古代日本の可能性はいかに
A:このエピソードにはオチがあって、加藤清正役に内定していた加藤剛さんが、「平将門を演じてみたい」と希望して、海音寺潮五郎さんの小説を原作とする『風と雲と虹と』に決まったということです。
I:『風と雲と虹と』は、大河ドラマの歴史の中でもっとも古い時代を扱った作品です。10世紀の平安時代になります。
A:話題にするなら、〈大河史上最古の時代〉というのはありかもしれません。過去にNHK大阪で『聖徳太子』(2001)、『大化改新』(2005)、『大仏開眼』(2010)が制作されています。衣装や時代考証などはこの際の経験が生かせるかもしれません。
I:3作とも『麒麟がくる』で脚本をかかれている池端俊策さんがかかわっているんですよね。『麒麟』で斎藤道三役だった本木雅弘さんが聖徳太子役を務めていました。奈良時代の大河って見てみたい気もします。
A:1965年の『太閤記』で演出をやられた吉田直哉さんは前出の大原誠さんの著書の中で〈天平・万葉時代をやらないのは不公平です。壬申の乱や南北朝もやるべきですよ〉と話しています。この本は1985年刊行。1991年には『太平記』が放映されていますから壬申の乱はありかもしれませんね。
I:大河ファンの方はそれぞれに登場してほしい人物や作品があろうかと思います。過去に4作品で描かれた忠臣蔵も『元禄繚乱』(1999年)を最後に扱われていません。歴史上の有名人物でいうと足利義満が大河に登場したことがありません。
A:個人的には石田三成の娘を正室にしていながら、家康の養女を新たに正室に迎えた津軽信枚(のぶひら)など面白いと思っているのですが……。家康養女の満天姫の前夫は福島正則の嫡子正之。福島家が改易された後に、関ケ原合戦図屏風を携えて津軽家に嫁いできました。屏風は家康におねだりして特別にもらい受けたもののようです。
I:津軽家には石田三成の次男も匿われ、杉山と苗字を変えた上で津軽家の家老になります。三成の孫にあたる人物はシャクシャインの乱で戦功をあげて、江戸城で将軍家綱に拝謁したといいますね。
A:弘前にある杉山家の墓石には姓が〈豊臣〉と刻まれています。江戸時代に〈豊臣姓〉を公にするのは大胆な行為だと思いました。そのほか津軽家は小田原北条氏の家臣を仕官させるなど敗者の吹き溜まりでした。まあ、でも大河は難しいですかね。
I:多くの人が大河ドラマに思いを寄せているんですよね。ああ、でも『麒麟がくる』の再開が待ち遠しいですね。
A:あともう1か月の辛抱です。
●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。
●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』(藤田達生著)も好評発売中。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり