大河ドラマを影で支えるのが美術スタッフの存在。美術は、画面に映るすべてを担当しているといっても過言ではない。令和2年の大河ドラマ『麒麟がくる』は、4Kによる初の戦国大河ということで、ビジュアル面でも注目すべきところが多い。戦国時代という「過去」を、最新の技術で「リアル」に見せる――。裏方として取り組む、美術スタッフの奮戦ぶりを紹介したい。
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●京都を襲う火災、城下での市街戦・・・・序盤から見逃せないシーンが続出
4K戦国大河ということで、とにかくビジュアル面とリアリティにこだわって制作されているという『麒麟がくる』
丹精込めて作り上げた家を1軒丸ごと、実際に燃やして撮影するというこだわりようだ。美術統括の犬飼伸治さんによると、ドラマの序盤から洛中での火災など臨場感あるシーンが続出するという。
「京の町での火災の様子が出てきます。当時の京は治安も悪く、相当荒れ果てている状況。その様子がよく表現できていると思います。今までの戦国大河では、庶民が巻き込まれているイメージがあまりなかったと思うのですが、今回は敢えてそうした場面を作っています」
京のみならず、美濃・稲葉山城の城下町での斎藤軍、織田軍の攻防でもリアルさを追求している。チーフデザイナーの山内浩幹さんが語る。
「今までの大河ドラマでの合戦シーンというと、だいたいロケ地が牧草地、野原で戦うシーンを撮影することが多かったのですけれども、今回は市街戦も含めた城攻めをきちんと表現したいと思ったんです。稲葉山城は総構えといって、山上の城から麓にある武家屋敷、城下町、外門まで含めて、町全体がひとつの城として存在していたというのが歴史的にわかっています。その総構えの中で、徐々に織田軍に攻められていく様子を描きたいということで、今回チャレンジしています」
甲冑に身を固めた武士たちの闘い、逃げ惑う庶民、阿鼻叫喚のリアルな戦国を、NHKが誇る最新の撮影機材でどこまで表現できたのか。件の場面は早くも第1回、第2回で登場する。
●オープンセットに持ち込んだ石 驚愕の総量は?
大河ドラマとオープンセットの歴史は、第二作目『赤穂浪士』(64年)に遡る。当時、NHKのグラウンドに1週間もかけて大規模な吉良邸を建て、さらに永代橋を中心にした江戸の街並みを再現するなどの歴史が伝えられている。
その後も『黄金の日日』(78年)では、堺の町を再現するオープンセットが話題を集め、『炎立つ』(93年)に至っては、岩手県に建てられたオープンセットがテーマパーク「えさし藤原の郷」として現在も営業が続いている。
今回、『麒麟がくる』では、稲葉山城下を表現したもの。チーフデザイナーの山内浩幹さんの解説。
「何もないところに土木工事から設計して、盛ったり掘ったりして、全て人工的に作っていきました。草なども何か月も前に種を蒔いて収録に臨みました。『麒麟がくる』は、エンターテインメント、カラフル、リアリティの3本柱を軸に制作しています。とにかく楽しいドラマ番組を作るということを心がけています。戦国大河初の4Kということで、色をふんだんに使って臨場感を出すこと、そして戦国時代そのものが主人公という意識で、リアリティを追求して作っています」
オープンセットに持ち込んだ石の総量は、なんと約30トン。スタッフがひとつひとつ積んだり、埋めたりしながら造っていったという。
「舞台となる稲葉山城は岩山で、周辺の木曽川や長良川などでも石が採れるので、オープンセットの中でも石や岩をふんだんに使っています。画面に映り込む景色をよく見ていただくと、ちょっとしたところに石組があったり、岩肌が見えていたり。そういうところに美濃らしさを感じていただけるのではないでしょうか」
この他、漆喰(しっくい)の質感や縁甲板(えんこういた)の作りまでこだわって作り上げたという。オープンセットに仕込まれた「戦国のリアル」。臨場感あふれる画面展開と、それを構成する細部までの徹底した作り込みも注目ポイントだ。
●<明智光秀の家>の作庭、監修はなんと北山造園の北山安夫さんという贅沢
『麒麟がくる』におけるリアリティの追求は、細部にまで徹底的にこだわる職人の域に達している。役者たちが演技をする背景になる庭園なども緻密に作り上げられている。
例えば、美濃・明智荘に設定された主人公・明智光秀の家の庭も、光秀という人物を表現する上で必要とされる要素を盛り込んで、作り込まれた。美術統括の犬飼さんの話。
「庭師の北山安夫先生と一緒に京都を旅して、室町時代の庭というのを見て回りました。少々、まだ何者でもない光秀には華美に見える庭なのかもしれませんが、極端なくらいやりたくて。いかにもな、ザ・室町の庭というのを造ってもらいました」
さらっと言ってのけたが、北山安夫さんといえば、京都の高台寺や大徳寺内にある庭園の修復や、建仁寺の庭などの監修を行なったことで知られる京都造園界の大家。そんな大御所に監修を仰ぐとは、力の入れ方が半端ではない。
「大河ドラマで著名な庭師の方に指導を頂くのは初めてじゃないかと思います」(犬飼さん)
チーフデザイナーの山内さんが言葉をつなぐ。
「光秀の家の庭は、力強さを出すために武骨な岩や自然に生えている木をあえて使うなど工夫をしています」
ただの舞台背景ではなく、登場人物の人柄や心情景色までも映し込むようなセットが出来上がっている。言葉少ない光秀の心を映すかのような庭にも、注目したい。
●大河史上最高クラスの「安土城」が登場する?
前述の通り、『麒麟がくる』制作陣の三大テーマのひとつが「カラフルの追求」だと聞けば、想起されるのが、「では、安土城はどうなるのか?」 ということ。
過去の大河ドラマでは、『徳川家康』(83年)で役所広司演じる信長が、滝田栄演じる徳川家康に安土城を案内するというシーンで、襖絵などかなり詳細に再現されたものがある。
チーフデザイナーの山内浩幹さんの話。
「安土には城郭資料館があって、信長の館には、内藤昌先生案の模型があります。過去の大河ドラマでは、あれに近いものを造ったケースもありましたし、そうではなく、考証とはかけ離れてドラマ空間としてのオリジナルなものを造ったケースもありました。『麒麟がくる』ではまだどちらというのを明確には決めていないですけれども、個人的にはぜひ、今回はオリジナルのドラマ空間としての安土城を表現したいなと思っています」
美術統括の犬飼さんもいう。
「私も個人的にはそちらの方が…。私も『江』で二番手で参加しましたが、その時も内藤先生案に寄せた安土城を表現しています。でも、そうではないものもおもしろいだろうなと思っています。どこにこの番組のメインがあって、どこが肝なのかというのを表現していく上で、安土城はひょっとしたら脇役になるかもしれないですしね。そういうことも考えながら進めたいなと思っています」
●大河ドラマを大河たらしめている職人集団
今回初めて、大河ドラマの美術スタッフに直接話を聞く機会を得た。取材最後のやり取りでわかったことだが、『功名が辻』(06年)で朝倉義景、浅井久政、長政3人の頭蓋骨に金粉・漆塗りを施した「薄濃(はくだみ)」の制作に関わり、『江 姫たちの戦国』で絢爛豪華な馬揃えのシーンを手がけた職人集団ともいえる方々だった。
誤解を恐れずに言えば、脚本、設定、演出が多少まずくても大河っぽく仕上がるのは、彼ら職人集団の仕事に負うところが多いと感じた。
久方ぶりの本格戦国大河ということで注目される『麒麟がくる』。終わった瞬間に次の日曜が待ち遠しくなる「わくわくが止まらない」1年間になることを期待したい。
文/『サライ』歴史班 一乗谷かおり