文/後藤雅洋

まずジャズの世界で使われている“フュージョン”という言葉を説明しておきましょう。

“フュージョン”は、ジャズのスタイルを指す、“ビ・バップ”とか“ウエスト・コースト・ジャズ”といった言葉とはちょっと成り立ちが違っています。これらジャズの演奏スタイルを指す言葉は、たとえば「“ビ・バップ”は、1940年代半ばに興った即興演奏を高度化したジャズ・スタイル」といった「定義」のようなものがあるので、あまり使用上の混乱は起きません。しかし“フュージョン”は、それ自体が「融合」という意味をもつ一般的な言葉なので、その指し示す範囲がかなり広く、また、人によって使い方が微妙に異なっているのです。

まずは“フュージョン”という言葉が成立した経緯からお話ししましょう。

第41号「フュージョン・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

■「分類できない音楽」フュージョンの誕生

1973年初頭、ブラジル出身のキーボード奏者、エウミール・デオダートが『プレリュード』(CTI)というアルバムを発表しました。この冒頭に、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』をジャズ風にアレンジした楽曲が入っていたのですが、これが大ヒット。アルバムの邦題も『ツァラトゥストラはかく語りき』として発売されたのです。

原曲となったクラシック作品は、68年に公開された名映画監督、スタンリー・キューブリックの話題作『2001年宇宙の旅』の中で使われたので、とくにクラシック・ファンでなくともそのドラマチックで印象的なメロディは頭に入っていたのですね。

ところで、こうしたアルバムはもちろんクラシック作品ではありませんが、また従来のジャズ・アルバムともかなり色合いが異なっていたのです。当時はまだアナログ・レコードの時代でしたが、レコード店はこうした「異色作」を「どこの棚」に入れたらいいか、かなり苦労したようです。デオダートのことを知らない店員さんはタイトルだけで判断し「クラシックの棚」に入れてしまい、お客さんから文句を言われたとか……。

そして、こうした音楽ジャンルを横断したようなジャズ・アルバムは、そのころから急増しだしたのです。それもデオダートのような、当時はまだ無名に近いミュージシャンではなく、ともにトランぺッター、マイルス・デイヴィスのピアニスト、キーボード奏者を務めたジョー・ザヴィヌル、チック・コリア、ハービー・ハンコック(太字は今号に参加曲を収録したアーティスト)といった大物ジャズマンたちの最新アルバムが、当時は揃って「異色作」とみなされたのでした。

71年の、ザヴィヌルとやはりマイルスのサイドマンだったサックス奏者のウェイン・ショーターによる新グループ「ウェザー・リポート」(のちにベーシスト、ジャコ・パストリアスが所属)の第1作『ウェザー・リポート』(コロンビア)、72年のチックの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(ECM)、そして73年のハンコックによる『ヘッド・ハンターズ』(コロンビア)といった作品がその典型です。

■「脱ジャズ」のジャズ

彼らの動きに触発されたのか、1970年代前半以降、多くのミュージシャンたちが従来の「ジャズ」のイメージを塗り替えるような「ジャンル融合的」アルバムを生み出しました。その代表が、「クルセイダーズ(ザ・クルセイダーズ)」でしょう。1961年のデビュー時には「ジャズ・クルセイダーズ」と名乗っていたのですが、71年に「ジャズ」の文字を取ってしまったのですね。まさに時代の空気を象徴する出来事でした。

そして73年にギタリスト、ラリー・カールトン(今号にフォープレイのメンバーとして収録)が加わったアルバム『スクラッチ』(ブルーサム)で、シーンに名を知られる存在となったのです。その後、カールトンらが脱退するなどメンバーの変化がありましたが、ランディ・クロフォードをゲスト・ヴォーカリストに迎えた79年のアルバム『ストリート・ライフ』(MCA)の大ヒットで、一躍スター・グループの地位を得たのでした。

レコード会社、そしてレコード店はこうした一連の作品に、当初“クロスオーヴァー”という用語を当てはめました。交差する、垣根を超えるという意味あいです。つまり、ふたつの領域=ジャンルを横断する音楽、というようなニュアンスですね。そしてこの“クロスオーヴァー”がのちに、より音楽の実態、つまり「複数の要素が混ざり合った音楽」に即した“フュージョン”と言い換えられるようになったのです。

ここまでの説明でおわかりかと思いますが、“フュージョン”は、演奏システムとか、特定の音楽的スタイルを表す用語ではなく、レコード会社など音楽業界が「販売の利便」のために生み出した「分類用語」だったのです。ですから「複数の要素」自体がきわめて多種多様なので、「一般的な」フュージョン像をイメージするのが難しいのです。

たとえば、デオダートの例ではクラシックとジャズですが、ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』の場合は、黒人音楽であるファンク・ミュージックとジャズ的要素の融合なので、両者に共通する音楽的傾向などまったくないのですね。それでは“フュージョン”はまったく千差万別なのかというと、そうとも言い切れません。漠然としたものであれ、70年代のジャズ・ファンの間では、それなりの“フュージョン”に対する共通認識はあったように思います。

その第一は「コンフォタブル(快適)なテイスト」ですね。その代表がチックの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』で、フローラ・プリムのドリーミーなヴォイスが醸しだす、エキゾチックで快適な気分です。このチックのアルバムは、60年代に全盛だったサックス奏者、ジョン・コルトレーンの演奏に象徴される、「過激な音楽としてのジャズ」のイメージを180度塗り替えてしまったのです。

もうひとつはエレクトリック楽器の使用でしょう。典型的なのはザヴィヌルとハンコックで、『ウェザー・リポート』『ヘッド・ハンターズ』は、ともにエレクトリック・キーボードの斬新な導入がアルバムのイメージを決定しています。

そしてもうひとつの重要なポイントは、圧倒的な演奏テクニックが生み出す快適な切れ味のよさです。それは日本が誇る代表的フュージョン・グループ、カシオペアの演奏をお聴きになればどなたも納得でしょう。ギター、キーボードといったフュージョンを象徴する楽器の切れのよさ、そしてそれを支えるベース、ドラムスの小気味よさが彼らの演奏の魅力を支えているのです。

こうしてみると、それぞれの音楽的傾向こそさまざまですが、「エレクトリック楽器を使用した、圧倒的テクニックによるコンフォタブルな融合音楽」という言い方で、ある程度“フュージョン”の特徴を表現することができるのです。

■21世紀のフュージョン回帰

ところでこの“フュージョン”には、60年代のジャズに親しんだファンの目から見ると違和感があったこともたしかです。快適であることと引き換えに、コルトレーンなどがもっていた強烈な自己主張が希薄に感じられたのですね。

しかしその弱点を補うじつにうまい方法があったのです。それこそが今回のテーマである「フュージョン・ヴォーカル」だったのです。

ソフトでメロウな器楽演奏は上手すぎるとかえって没個性的に聴こえるという面がなくもないのですが、ヴォーカルは「声」という隠しようもない個性発揮要素があるので、いやでも聴き手の耳をそばだてる効果があるのですね。そもそも、73年の『スクラッチ』発表の時点ではマニア好みのグループだったクルセイダーズがブレイクしたのも、今回収録したキャッチーな名曲「ストリート・ライフ」を黒人女性ヴォーカリスト、ランディ・クロフォードが歌ったからなのです。

また、ハイテク・ヴォーカル自体が強烈な自己主張となっている例としては、アル・ジャロウにとどめを刺すでしょう。彼が歌うチック・コリア作曲による「スペイン」は、もともと器楽曲として作られているので極端な音程の飛躍があり、楽器で演奏するのは容易でも、人の声でその旋律を忠実に再現するのはじつにたいへんです。しかしジャロウはその難事をいとも簡単に成し遂げているばかりでなく、ジャズ・ヴォーカリストならではの個性的楽曲に仕立て上げているのですね。

しかし1980年代に入るころには、「フュージョンは、ジャズから派生したひとつの独立した音楽ジャンル」という見方が強くなったのも、事実です。私自身もどちらかというとそうした立場でした。しかし、ここ数年のジャズ・シーンの活況を見るにつけ、そうした見方は時代の限界であったことが実感されだしたのです。

というのも、今多くのファンの支持を集めているグループ、スナーキー・パピーなどは、明らかにフュージョン的要素を受け継いだうえでの現代性が人気となっているのですね。具体的には卓越した演奏技術をもつ集団の演奏、いわばチーム・プレイの見事さです。

また同じく話題となっているギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの『カイピ』(ソングX)は、ブラジル音楽を巧みに取り入れていますが、まさに現代のフュージョン・ミュージックと言えるのです。ちなみに今回収録したイヴァン・リンスは、ブラジル出身のヴォーカリストです。

そして第26号「現代のジャズ・ヴォーカル」に登場し、今回も収録したベース奏者にして類いまれなヴォーカリスト、エスペランサの活躍です。彼女は圧倒的なジャズ・ベースのテクニックをもちながら果敢にジャンル横断的なアルバムを発表し、ヴォーカリストとしても一級の実力を示しましたが、代表的なフュージョン・グループ、フォープレイをバックにその魅力的な歌声を披露しています。このことも、“フュージョン”と現代ジャズが地続きであることを示しています。

■即興からサウンド重視へ

つまり1980年代当時はまだ見えていなかった“フュージョン”の可能性が、現代ジャズにおいて顕在化しているのです。こうした現象をもっと巨視的に眺めると、40年代半ばに始まった「モダン・ジャズの時代」が終焉を迎えたことと関係があるのです。

天才的アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーから始まった「モダン・ジャズの時代」は、パーカーのサイドマンだったマイルス、マイルスのサイドマンだったコルトレーンと受け継がれ、「ジャズ黄金時代」と呼ばれた50~60年代のジャズ名盤大量生産の時代を迎えました。そのイメージは強烈で、多くのジャズ・ファンのジャズ・イメージはこの時代の演奏によって作られているのですね。

それが60年代末のマイルスのエレクトリック・ジャズで終焉を迎え、その動きに触発されたマイルスのサイドマンたち、ザヴィヌル、チック、ハンコックらの新作が“フュージョン”の動きを加速させたのですが、このムーヴメントは、今になってみるとパーカーに始まった即興第一主義、ソロ重視の転換でもあったのです。

そしてその代わりにサウンド重視、チームの音楽が登場したというわけです。この変容を別の面から見ると、「芸術音楽としてのジャズ」から「大衆音楽としてのジャズ」への転換でもあったのです。

■「融合」こそジャズのキモ

こうした「ジャズ史」を1940年代半ばから70年代前半のスパンで切り取ってみると、たしかに「フュージョンは、ジャズから派生したひとつの独立した音楽ジャンル」のようにも見えるのです。

しかしジャズ史をもっと大きな目で眺めると、19世紀末にアメリカ、ニューオルリンズで起こったとされる「ジャズ」は、もともとがラテン系の音楽と白人由来の音楽をもとにして、おもに黒人たちが生み出した混交音楽=元祖フュージョン・ミュージックだったのですね。

そうした「雑多な要素」を含んだ初期の「ジャズ」に、現在に至る大きな道筋を与えたのが「ジャズの父」とも称えられたトランペット奏者、ルイ・アームストロングなのでした。彼はニューオルリンズ・ジャズの伝統を受け継いだ「大衆音楽としてのジャズ」を、のちの時代にも受け継がれる個性的な音楽ジャンルに育て上げたのです。ちなみに初期のニューオルリンズ・ジャズでは「集団即興演奏」=チーム・プレイが行なわれていたともいわれています。

そしてパーカーとともに“ビ・バップ”を勃興させたトランぺッター、ディジー・ガレスピーは、大衆音楽としてのジャズというルイ以来の芸能的要素を追求すると同時に、ラテン・ミュージシャンたちとも積極的に共演し、融合音楽としてのジャズの道を探ってもいたのです。

つまり、ジャズ発祥の19世紀末から21世紀の現在までの長いスパンで眺めれば、“フュージョン”は立派に「混交音楽としての、大衆音楽としての、そしてチームの音楽としてのジャズ」の枠組みに収まるのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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