新着記事

知っていればちょっと威張れる!プロサッカー面白トリビア5連発

文/鈴木拓也いよいよ開幕した2018 FIFAワールドカップ ロシア大会。日本代表の…

【夕刊サライ/神取忍】毎日の心がけ、目線を上げて体を動かせば気持ちも前向きに!(神取忍の健康・スポーツコラム 第3回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。月…

ボルガ河クルーズ、ロシアの原風景を堪能する魅惑の船旅

文/印南敦史古くからヨーロッパ諸国と肩を並べ、日本の45倍もの国土を持つ「北の大国」として君…

災害時、愛するペットと避難するため用意しておくもの

6月18日の朝、大阪北部を震源とする最大震度6弱の地震が近畿地方一円を襲いました。事態は予断を許さな…

大人のデニムキャップ|経年変化が楽しめる落ち着いたデニムの帽子

デニムのキャップというと子ども用のイメージもあるが、本品は、年齢を重ねた大人にお薦めすべく、…

なんとそんな効果も!あなたが知らないビタミンCの7つの働き

文/緒方文大昨今の「アンチエイジングブーム」により、老化を防ぐ作用のある「抗酸化物質…

古い家と蔵が居並ぶ栃木市「嘉右衛門町」を逍遙する【日本の古い街並み紀行 第3回】

写真・文/石津祐介栃木県の南部、埼玉県と群馬県の県境に位置する栃木市は、江戸時代には…

歌聖・柿本人麿像から和歌と古筆の世界へ誘う《人麿影供900年 歌仙と古筆》展

取材・文/池田充枝宮廷文化の雅を代表する和歌の世界。三十一文字に託された表現美とその情趣は、…

綿麻楊柳の作務衣|風通しよく涼しく着られる夏の万能着

庭仕事などの屋外作業から、室内でのリラックス着まで、作務衣の人気は相変わらず高い。そこで、夏…

大阪の名門・北野高校の青春食堂は「下町甘味の両雄」【名門校のご近所食堂 第8回】

文/鈴木隆祐北野高校のある十三は、大阪中で愛される「下町甘味の両雄」が相並ぶ街…

サライ最新号

ピックアップ記事

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

「親があっても、子は育つ」(坂口安吾)【漱石と明治人のことば344】

sousekiKotobaBanner2

文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「親があっても、子は育つ」
--坂口安吾

昔からの俚諺に「親がなくても子は育つ」というのがある。これを踏まえて、作家の坂口安吾は、「親があっても、子は育つ」という逆説的な言辞を口にした。親の存在などというものは、突きつめれば、その程度のものだというのである。無頼派ならではの些か自虐的な名言というべきか。

坂口安吾は新潟県下有数の政治家の五男だった。本名は、炳五(へいご)という。ヘイゴの音は丙午に通ずる。生まれ年の明治39年(1906)は干支にあてはめると丙午(ひのえうま)にあたり、しかも5番目の男の子として誕生した。そんなことからの命名であったと思われる。

一方、ペンネームの「安吾」は、中学時代のある出来事に由来する。ある日の授業中、漢文の教師が、「炳五の炳はアキラカという意味なのに、おまえはまるでその逆。今日からは暗吾と名乗れ」と言って、黒板に「暗吾」と大書した。随分な言い種だが、本人は動じない。却って、この「暗」の字を「安」に入れ換えて坂口安吾とした、というのである。

そう。安吾は、中学時代から並みではなかった。半ば自ら望んで放校処分となり、去り際、学校の机の蓋裏にこう彫りつけたとの伝説もある。

「余は偉大なる落伍者となって、何時の日にか歴史の中によみがえるであろう」

いやはや、なんとも、奮ってますなあ。

そんな安吾が46歳の夏、子供を授かった。綱男と名づけた。命名の苦労について、安吾はこう語っている。

「小説の作中人物とちがって平凡でないとこまる。私の本名が炳五といい、故郷の呼び方で一般にヘゴとよばれるのが非常にイヤだった。その記憶があるので、名前でイヤな思いをさせたくないと考えて苦労した」(『人の子の親となりて』)

確かに奇をてらってはおらず、平凡といえば平凡だが、妻の三千代に「豊かに育てたい」と語っていたという父としての思いが、強さや絆を連想させる「綱」の字に込められている気がする。掲出の「親があっても子は育つ」という言葉とは裏腹の、いっぱいの愛情を感じさせる。いや、もしかすると安吾は、名づけこそが親の果たすべき最大の役割、あとはどうとでも育つ、育ってくれと、願っていたのだろうか。

後年の安吾は、こんな言い方もしている。

「われわれは、めいめいが、めいめいの人生を、せいいっぱいに生きること、それをもってみずからだけの真実を悲しく誇り、いたわらねばならないだけだ」(『恋愛論』)

簡便と実用を眼目とし、全生活を能力主義に塩梅する。安吾はそんな戒律を自らに課し、屋敷や家財道具、さまざまな衣類や書画骨董などは、自由人の足元をさらい心情を曇らせるとして、必要最低限のものしか身辺に置かなかったという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

「サライおみくじ」で今日の運勢をチェック!おみくじには「漱石と明治人のことば」からの選りすぐりの名言が表示されます。どの言葉が出てくるか、クリックしてお試しください。
↓↓↓

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 「秋立つや一巻の書の読み残し」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば…
  2. 「年の暮れには追憶を、年の初めには希望を」(幸田露伴)【漱石と明…
  3. 「見果てねど はた見あきねど我が夢は 四十余年の夢多き日々」(滝…
  4. 「子供のために一流の文学者が進んで執筆しなければ嘘だ」(鈴木三重…
  5. 最晩年の谷崎潤一郎が愛する風景を詠んだ歌【漱石と明治人のことば3…
PAGE TOP