文/池上信次

今回は、前回に続いて代表的クリマスマス・ソング名曲とそのジャズ名演を紹介します。

クリスマス・ソング名曲と、そのジャズ名演(つづき)
(1)ビング・クロスビー『メリー・クリスマス』(デッカ)
ビング・クロスビー『メリー・クリスマス』

ビング・クロスビー『メリー・クリスマス』

▶ホワイト・クリスマス
作詞・作曲:アーヴィング・バーリン
演奏:ビング・クロスビー(ヴォーカル)、ケン・ダービー・シンガーズ(コーラス)、ジョン・スコット・トロッター・オーケストラ
録音:1947年3月19日(42年版の再現録音ヴァージョン)

クリスマス・ソングの定番中の定番といえば、「ホワイト・クリスマス」。この曲はミュージカル作家として知られるアーヴィング・バーリンによる作詞・作曲による楽曲です。「雪の降るクリスマスの情景を夢見る」という歌詞には賛美歌としての要素はなく、これはクリスマスを題材にしたポップスです。もっとも有名なのはジャズ・ヴォーカリスト、ビング・クロスビー(1903〜77)が歌ったヴァージョンですが、そのレコードの最初の発売は1942年でした。意外に思われるかもしれませんが、あの「虹の彼方に(オーヴァー・ザ・レインボウ)」よりも新しい曲なのです。

このビングの歌唱は「ジャズ感」はさほど強くありません。しかし、これは狙ったもの。ジャズの技はぐっと抑え、素直に曲のよさを最大限に聴かせることを狙いました。この前の36年にビングは、本来賛美歌である「きよしこの夜」を、ポップス・チャートで大ヒットさせていたので、その賛美歌スタイルを踏まえ、より広いリスナー層を狙ったのでしょう。

42年は第2次世界大戦の真っ最中。戦場の兵士たちからラジオにリクエストが殺到したというのもヒットの理由のひとつですから、じつは暗い世相の反映でもあったのですね。また、これはビングにとって、初めてブラック・ミュージック・チャートにもランクインした曲になりました。そしてその後も、毎年シーズンになるとヒット・チャートに上がり、世界じゅうで聴き継がれてきました。この曲はどんな時代でも、どんな人の心も動かす名曲なのですね。そうして、このビングのシングルは、発売以来の売り上げがなんと5000万枚超という、ギネスブック認定の「史上もっとも売れたレコード」となったのです。これはもう、クリスマス・ソングの枠を超えた最高のポピュラー名曲といっていいでしょう。

(2)ローズマリー・クルーニー『ホワイト・クリスマス』(コンコード)
ローズマリー・クルーニー『ホワイト・クリスマス』

ローズマリー・クルーニー『ホワイト・クリスマス』

▶ウィンター・ワンダーランド
作詞:ディック・スミス/作曲:フェリックス・バーナード
演奏:ローズマリー・クルーニー(ヴォーカル)、ピーター・マッズ・オーケストラ
録音:1996年4月

ビング・クロスビーが「ミスター・クリスマス」なら、「ミス・クリスマス」はローズマリー・クルーニー(1928〜2002/愛称はロージー)でしょう。ロージーは1954年公開のミュージカル映画『ホワイト・クリスマス』にビングとともに主演を務め、「ホワイト・クリスマス」をともに歌って大人気となりました。映画は同年の興行成績ナンバー・ワンの大ヒットとなりましたが、このサウンドトラック・アルバムは契約の問題でふたりの共演はならず、ビング版とロージー版に分けて発売されました(なお50年代後半にはふたりは同じレコード会社の所属となり、再び名コンビぶりを発揮しました)。ビングはその後もたくさんのクリスマス・アルバムを出していましたが、一方ロージーはクリスマス・ソングをほぼ封印。本格クリスマス・アルバム『ホワイト・クリスマス』をリリースしたのは、映画公開から40年以上を経た96年のことでした。

この曲は「すてきな雪景色」という日本語タイトルが付いていることもあってか、童謡のようにも思われがちですが、じつはまったく違います。これは34年に発表されたポピュラー・ソングで、漣健児による日本語歌詞には、「恋の歌」「愛の言葉」という一節が出てきています。これは英語歌詞からイメージを引用したものですが、もともとは恋人たちの、もっと具体的な物語なのです。美しい雪景色の夜のデートで雪だるまを牧師に見立て、ふたりで将来を考えているといった内容なのですから、現在では完全にクリスマス・ソングの認識となっていますが、本来クリスマスとは直接関係がないのですね。

ロージーの歌声からは、クリスマスを迎える喜びや高揚感がしみじみと伝わってきます。「自分の歌」を聴かせるというよりも、リスナーが一緒に歌いたくなるような自然体の歌唱です。これも長いキャリアに培われた技術のひとつなのですね。長かったクリスマス・ソング封印の理由は、映画やビングとの関わりを考えずに、自由にクリスマス・ソングを歌えるときを待っていたからなのかもしれません。

(3)エラ・フィッツジェラルド『エラのクリスマス(エラ・フィッツジェラルズ・クリスマス)』(キャピトル)
エラ・フィッツジェラルド『エラのクリスマス(エラ・フィッツジェラルズ・クリスマス)』

エラ・フィッツジェラルド『エラのクリスマス(エラ・フィッツジェラルズ・クリスマス)』

▶きよしこの夜
作詞:ヨゼフ・モール/作曲:フランツ・グルーバー
演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ラルフ・カーマイケル(編曲、指揮)
録音:1967年7月17、18日

クリスマス・ソング数々あれど、世界でもっとも広く親しまれているのは「きよしこの夜(Silent Night)」でしょう。なにしろ作られてから約200年、一説によれば世界じゅうで300もの言語に翻訳されて歌われているというのですから。それほどの「人気曲」だけに、その誕生のストーリーも詳細に伝えられています。

「きよしこの夜」が最初に歌われたのは1818年の12月24日、オーストリア西部ザルツブルク郊外のオーベルンドルフ村の教会でした。作詞はカトリック司祭のヨーゼフ・モール、作曲は教会の手伝いやオルガン奏者としても働いていた教師のフランツ・グルーバー。モールは12月24日の午後に、自身が2年前に書いていた歌詞に曲を付けるようグルーバーに指示し、グルーバーは即座に作曲。その晩のクリスマス・ミサの後に、モールのギター伴奏でふたりは「きよしこの夜」の初演を行ないました。

世界に広く知られる名曲ですからジャズやポップスでも頻繁に取り上げられ、とくにビング・クロスビーの歌唱で、1936年には「ポップスのヒット曲」にもなりました。しかし、ここで紹介するエラ・フィッツジェラルド(1917〜96)はそうは考えませんでした。ジャズ・ヴォーカルの「女王」エラは、生涯に2枚のクリスマス・アルバムを作りました。1枚は『スインギング・クリスマス』(ヴァーヴ)。その名の通りスイングする、クリスマス・ソングのジャズ・アレンジものですが、その楽曲はすべて「ポップス」のクリスマス・ソングでした。そしてもう1枚がこの『エラのクリスマス』で、内容は賛美歌のみ。「きよしこの夜」はそこに収録されました。ジャズ、ポピュラー系クリスマス・アルバムの多くは、ポップス由来の曲も賛美歌も区別なく取り上げますが、エラは明確に分けたのです。あらゆる曲を知り尽くしたエラだからこそ、オリジナルの意味を尊重したのでしょう。ここではスイングより「祈り」や「喜び」を大切にしたのです。得意のスキャットは封印し、厳かな雰囲気でメロディを丁寧に歌い上げています。エラにしてはまったくおとなしい。しかし、ジャズ感は強烈。ほんのわずかな節回しやリズムのとり方で、ジャズを感じさせるのですね。極端にいえば、エラは存在感だけでジャズを作ってしまうのです。

(4)ビル・エヴァンス『トリオ’64』(ヴァーヴ)
ビル・エヴァンス『トリオ'64』

ビル・エヴァンス『トリオ’64』

▶「サンタが街にやってくる」
作詞:ヘヴン・ギレスピー/作曲:フレッド・クーツ
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)
録音:1963年12月18日

「サンタが街にやってくる(Santa Claus Is Comin’ To Town)」は、数多くのブロードウェイ・ヒット・ミュージカル曲を書いたフレッド・クーツ(作曲)とヘヴン・ガレスピー(作詞)が1934年に作った曲で、当時ラジオで放送され大ヒットしました。歌詞の内容は、子供たちがいい子にしているかどうかサンタクロースが見に来るというもので、しかもリストを見て2度もチェックするという、つまり子供に向けて歌う「しつけ」ソングなのです。

これを演奏するのはビル・エヴァンス・トリオ。メロディは広く知られるクリスマス・ソングのままですが、メンバー間の緊密なやりとり、たっぷりフィーチャーされるベース・ソロなど、エヴァンス・トリオのスタイルはいつもと変わるところはありません。それもそのはず、収録アルバムは「クリスマスもの」ではないのです。エヴァンスはほかのジャズ・スタンダートと同様にレパートリーの1曲としてこの曲を演奏しているのです。このような、子供向けとも見られる楽曲であっても、完全に「エヴァンスのジャズ」にしているところがすごいところ。

じつは、エヴァンスはこの「サンタ」を、このほかにも何度も録音しているのでした。それは次回で。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

 

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本体1500円+税
『クリスマス・ベスト・ジャズ』

「ジャズ・クリスマス」名演CDつきムック『クリスマス・ベスト・ジャズ』(小学館)が発売中です。CDにはここに紹介したエラ・フィッツジェラルド、ビル・エヴァンスのほか、ラリー・カールトンの「ザ・クリスマス・ソング」から押尾コータローの「戦場のメリー・クリスマス」まで新旧多彩な15曲が収録されています。ジャズ評論の第一人者・後藤雅洋氏が監修。解説執筆は本連載の池上信次です。ジャズとクリスマスをもっと楽しみたい方はもちろん、プレゼントにもぜひどうぞ。(1,500円+税)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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